「一期一会」~軽井沢スキーバス事故から

 先週の金曜日、軽井沢で若い12の命が失われました。ほとんど全員が即死状態だったといますから、瞬間的に命が奪われたわけです。心の準備がなかったのはかえって良かったのか、やはり不幸なのかよくわからないところです。

 私は10代の終わりごろ、他人の、人間の命に対する考え方がわからなくて困ったことがあります。人はなぜ自分の生を信じることができるのかということです。
 難しいことではありません。例えば大河ドラマの主人公を引き受ける俳優さんは、なぜ半年後、一年後、自分が生きて元気に働けることを信じていられるのかといったことです。引き受けておいて撮影半ばで事故や病気によって死んでしまったら、周囲に迷惑をかけるしドラマもつながらなくてみんなが困るじゃないか――そんなふうに思ったのです。
 ところが1974年、実際に大河ドラマ勝海舟」の主役だった渡哲也が肋膜炎で降板し、松方弘樹が代役として立ったのを見たらほとんどだれも困っていなかった。困ったかもしれないけれど何となく乗り切れてしまう――。つまり結局、たかがテレビドラマなのです。主役が交代するのは困ったことには違いないのですが、だからといって誰かの死ぬとか誰かの人生が決定的に狂うわけでもないのです。
 そして世の中の人間の営みの多くは、他人にとって「たかが〇〇」なのだと、そのこともその時知りました。

 もうひとつ、年を重ねていくうちに分かったことは、「人は簡単には死なない」というごく当たり前の事実です。
 もっと小さな子どものころ、私はしょっちゅう両親のどちらかが死ぬのではないかと恐れていました。しかし死なない。父は4年前86歳の長命で他界しましたが母は88歳で今日も元気、「百までは生きたくないわね」などとのんきなことを言っています。
 私自身は20年ほど前に大病したこともあって、それ以降はいわば神様がくれた余生だと思っていますからいつ死んでもかまわない気持ちでいます。しかしまだ死にません。おそらくもうしばらくは死なない。普通はそうです。

 そして若者のほとんどは死なない。二十歳前後の子どもは特に死なない。それが当然なのです。

 今回、12人の若い命が唐突に失われてしまいました。ほんとうはなくならないはずの命が突然なくなってしまったのです。
 インタビューを受けた数人の親たちは驚くべき自制心で淡々と語っておられましたが、それはもしかしたらあまりにも現実感のないできことで、まだ悲しみにさえ襲われていないからなのかもしれません。なくなるはずのないものがなくなってしまったのですから、そういうことも当然あり得ます。

 いずれにしろ、こうした機会に私たちも知るべきなのです。
 子どもは死なない、絶対に死なない、しかしそれにもかかわらずその命が忽然と消えてしまうことがあるということを。そして子供と過ごす瞬間瞬間を掌中の珠のように慈しまなければならないということをです。

*今回の事故について、突然思い出したことがあります。
 それはもう三十年も前、東京のアパートを引き払い、私と弟と友人の3人分の引っ越し荷物を2トントラックに積んで故郷の街まで4時間ほどの運転をしたときのことです。
 2時間3時間と走り続けるとめったに乗らないトラックも何とかなるもので、となりに弟と友人を置いて余裕で高速道を走り一般道におります。そして最後に峠のつづら折れを登り、長い下り坂に差し掛かった時のことです。私は突然トラックがまったく思い通りにならないことに気づきます。
 まずギアが選べない。トップギアで走れないのはもちろんですが、サードギアでもスピードが抑えられない。さりとてセカンドギアまで落とすとエンジンがうるさいばかりでさっぱり進まない。
 そこでギアはサードに入れたままでフットブレーキで調整しようとするのですが、空荷の時は利き過ぎて恐ろしいくらいだったブレーキが今度は驚くほど利かない。思い切り強く踏めばスピードは抑えられるのですが、そうなると今度はブレーキ故障が心配になる(フェードとかベーパーロックとかがありますから)。
 しかたがないのである程度のスピードにも耐えながらガンガンカーブを交わしていくのですが、そうなるとハンドルの使い方がわからなくなる。
 どの程度の操作で転倒も飛び出しもしないで曲がれるのか、わからなくなるのです。乗用車の運転とは全く違う感覚です。
 結局最後のカーブで転倒しそうになり(私も息が止まりましたが、弟と友人はそれよりも数秒のちに大きく息を吐き出しました。「アニキ!今、諦めたよな!?」)、それからは怯えて超低速で帰路についたのです。

 今回の事故のドライバーは大型バスの運転経験がほとんどなかったそうです。事故現場の様子をテレビで見て、長く忘れていたその時のことを思い出しました。