「拾遺」〜岩手いじめ自殺事件の違和感Ⅵ

 いくつか書き遺したものがありますので拾っておきます。

1 なぜ担任は保護者との連携を取ろうとしなかったのか。

 ひとつ考えられるのは、そのくらい事態を甘く見ていたということです。自殺はほのめかしていても訴えてくるいじめの内容は大したものではなく、それもひとつひとつ解決している。改めて家庭に伝えるほどのことでない、そんなふうに考えていたのかもしれません。事態の見積もりを誤っているとそういうこともあります。
 あるいはもっと早い時期から報告しておけばよかったのに、怠ったばかりにずるずると引きずってしまったというような場合です。今さらどのツラ下げて報告に行けるのか、といったケースです。
 しかし一番考えられるのは村松君自身に口止めされていた可能性です。
 1年生の時、部活で肩をぶつけられることで父親にボヤいたらどうなったか――。顧問に訴えられ、友人3人との話し合いになって友人は村松君に謝罪することになる、いわば大騒ぎになってしまったのです。
 一般に子ども社会の問題を大人に通牒することはタブーとされます。問題が大きすぎて子どもの手に負えないと子ども自身が納得すればいいのですが、本来は自分たちで解決すべき(と子ども自身が考えるような)問題を外に漏らせば、たいていは馬鹿にされるか怒られます。
 1年生の時は話したのにその後まったく親に相談した形跡がないことには、そうした事情があったのかもしれません。村松君は懲りてしまったのです。
「親には絶対に言わないで」というのが、教員と生徒で情報を共有する際の重要な約束である場合は少なくありません。そして基本的に、生徒との約束を守ることは絶対条件です(守れない約束はしない)。生活記録ノートに見られるような担任との親密さ、2年生になってから親はいじめの事実をまったく知らなかったという事情はこうして生まれたのかもしれません。

2 情報共有の問題
 15日(水)の「ニュースウォッチ9」で、「かつて深刻ないじめ問題を経験した2都市の新たな試み」という特集をしていました。大津市名古屋市の例です。
 大津市の場合は各校に「いじめ担当職員」というのを配置し、担当者は授業を持たないで、一日中いたずら書きやら教室の汚れをチェックしたりアンケートを実施してその内容を分析したりしているのです。結果はすぐに担任と共有され、指導に生かされます。
 名古屋市の場合は少し異なります。空き教室に外部の人間を入れ、「カウンセラー」「ソーシャル・ワーカー」「元警察官」「アドバイザー」の4人でいじめ対策の司令塔の役割を担うのです。担任が必要に応じて、いつでも相談できる体制をとっているのです。
「ニュース・ウォッチ9」では結論として「こうして情報の共有を図ることがもっとも重要なポイントなのですね」という言い方をしていましたが、深く考えさせられる内容でした。現有の教職員だけでは情報共有はできないと言っているのと同じだからです。
 本気でいじめをなくそうとするなら人を入れなければならない、つまり金が必要だということです。

 私はその方向は間違っていないと思います。いじめにしろ不登校にしろ「学校問題」と総称されるすべては、人を入れる、つまり金で解決できる面が少ないからです。
 情報共有と言われても、たとえば小学校の場合、他のクラスのことを知らされた教師たちができることはほとんどありません。自分のクラスがあって常にそこに縛られているからです。
 中学校の場合は少しましで、学級担任は教科担任として他のクラスにも入っていますから授業時間を使って生徒の様子を見たり指導の手を入れたりすることもできます。あるいは部活の顧問として生徒に語りかけたり相談したりすることも可能です。しかしそこまでです。よほど状況が切迫していない限り、彼らもまた自分のクラスや自分の部活、自分の教科指導で手いっぱいなのです。
「ニュースウォッチ9」は取材した内容を「情報共有の問題」としてではなく「人手確保の問題」として提示すべきだったと思うのです。