「情報のいい加減さについて」

 東海道新幹線で大きな事件がありました。

 被害者の方々にはお気の毒ですが、私は年齢的に近いこともあって71歳の容疑者の方に気持ちが動きます。同情と言う意味ではなく、この人の人生とその瞬間について興味があるのです。

 歌手志望で東京に出てきて飲み屋街の流しをして糊口を凌ぎ、地域の草野球に参加する程度の社会性は持ち合わせながら最後は空き缶回収の仕事も失って社会に多大な迷惑をかけながら死んで行く、この人の最後の瞬間の想いはいかばかりかと思うのです。

 やはり人間は良き最期を迎えられるように生きなくてはなりません。

 さてそうした思いとは別に、今回の事件に関してはマスメディアのあり方について思うところがありました。マスメディアというよりは情報のあり方と言ってもいいのかもしれません。

 私が事件の第一報を知ったのは自家用車のカーオーディオでNHKテレビの音声を聞き始めたときです。12時32分ごろだと思います。

 事件発生から1時間ほど経っていたはずですが、この時点ではまだ事件なのか事故なのかはっきりしない状況でした。「男性が二人」心肺停止の状況にあるという話でしたので、中国やフランスとの受注合戦の真っ最中、まずい時期に事故が起ったのかもしれないとも思ったりもしました。

 ほどなく事故ではなく、心肺停止の一人が頭から油を被って火をつけたという情報が伝えられるのですが、NHKにチャンネルを合わせても民放にしても、あとから考えると間違った情報ばかりが流されるのです。

 はじめ、油を被って火を放ったのは30代の小柄な男性でした。それが実は男は二人いてそのうちの一人がやったということになり(油を撒いている間、隣にいた男は何をしていたのだろう?)、やがて亡くなった片方は女性でしかも遠く離れた車両の反対側のデッキにいたということになります。そこに至るまでさらに一時間近くかかるのです。

 途中、「男がトイレの中で頭から油のようなものを被って火を放った」という話が出たときは、トイレの中で焼身自殺をするのは分かるにしても「トイレの中で油のようなものを頭から被る」のを誰が見ていたのだろうと不思議に思ったりしました。

 男が焼身自殺した場所は運転席背後のデッキ(乗降口)だという誤った情報は夕方まで解消されませんでした。

 なぜこんないい加減な情報がニュース番組に錯綜するのか?

 もちろん正確な情報がなかったというのが一番の理由でしょう。そもそも人間の目撃情報が当てにならないことは数々の事例や実験によって証明されています(たとえば最近改めて評判になっている酒鬼薔薇事件の「30代のがっしりした黒シャツの男」など)。

 しかしそうならば不確定な情報については“流さない”のが節度のはずです。ところがテレビやラジオはそれができない。長いスパンだと新聞や週刊誌もあやふやな情報を流さざるを得なくなる。それはマスメディアが“常に発信し続けなければならない”という宿命を背負っているからです。テレビもラジオも無音声や無発信を続けることはできませんし、新聞や雑誌は白紙のまま発行することはできません。

 メディア情報というのはこのようにいい加減だということは常に肝に銘じておかなければなりません。しかし何が正しいかということについては、実際に現場に行けなければ、これもメディアによって検証するしかありませんから厄介と言えばほんとうに厄介です。