「PTAを如何にせん」③

 

 通学区(校区)というのは学校を中心にコンパスで円を描いて等距離になるように設定しているものではありません。学校が建てられる土地は自由に転がっているわけではありませんし、住宅地も学校を中心に広がっていくものではありません。したがってとてもいびつな形をしています。
 特に児童生徒数増加に伴って校区を二つに割るような場合、ほぼ中心にあった学校から離れたところに新しい学校を建てるわけですから、とても不思議なことが起きます。私の知っている例では、元の小学校の裏にある家が新しい学校の校区に入っています。可哀想に、歩いて30秒の学校ではなく15分もかけて通う新校の校区に属しているのです。
 なぜそうなったかというと、ひとつの地域がふたつの小学校の敷地に同時に接しているとどちらかに決めざるを得ず、したがって誰かが「学校の隣に住んでいるのにその学校に通えない」という事態になるのです。“町”は行政区であるとともに心理的な拠り所でもありますから、同じ名前の町だとそこを離れて別の学校へ行くというわけにはいかないのです。
 多くの人たちはそうです。しかし地域に根を持たない人の中には当然、不満を漏らす家も出てきます。
「なんで目の前の学校に行けないんだ?」

 そこで10数年前、私の住む市では校区の縁辺部の児童生徒に限り、より近い学校を選べるという制度を発効させました。そうした不満に応えるものです。
 10数年後、今度は通学路を厳しく限定せよという訴えが大きくなってきました。それは地域の子どもたちがそれぞれ別の学校に行くと、地域の行事ができない、地域を支える新しい世代が育ってこないというのが理由です。つまり“地域”という名の共同体が危機に瀕しているというのです。よくわかる論理です。
 子どもは学校や地域の中で共同体意識を育てます。そしてその親世代は、PTAや地区の子ども行事を通じて結びつき、一体感を高めてくるのです。
 資源回収をしながら新しい人々と結び合い、登校指導をしながら声をかけあいます。特に役員は何回か会合を重ねる中で、知り合いからさらに深い絆を結び合います。それが地域の人間関係に成長していきます。

 以前、このブログに「PTAは任意団体だから入る必要はない。学校は入学式でそのことを明確に伝え、加入につては保護者の判断に委ねるべきだ」と主張して譲らなかった保護者のことを書きましたが、その人が地域社会でどんな存在なのか、どういうあり方を望んでいるかは容易に想像がつきます。
 そしてそういう合理主義が学校に蔓延していくとしたら、私たちは東日本大震災の時に見られたような「地域としての底力」をあてにすることができなくなります。
 PTA活動に参加するということは学校に協力するというだけでなく、地域に参画するということです。それと同時に、地域のセイフティ・ネットに自らを結びつけることでもあります。
 もちろん「どんなときも独りで対処する、誰の力もあてにしないから放っておいてくれ」ということになれば話は別ですが。

(この稿、続く)