「総選挙の翌朝」

 まだ20代の初めのころの話です。 

 総選挙が行われ、今朝のようにテレビの全チャンネルが結果分析の話題でいっぱいに覆われている日のことです。なにしろ見る番組がないので仕方なく選挙特番を眺めていた私は、突然、強いショックに襲われて、ガバッと起き上ります。「今回の総選挙、投票率は〇〇.○%」でしたという場面です。正確な数字は覚えていないのですが、それは全有権者のほぼ四分の三、75%ほどだったからです。

 全有権者者の75%――ヤクザさんもチンピラも、入院中の人も高齢で投票所に行けない人も、アホな人も愚かな人も、全部、全部ひっくるめて4人に3人が投票所に足を運んだわけです。

 私はというと――引っ越しにともなうさまざまな手続きが面倒で、住民票を田舎に残したままなので帰省ければ投票できません。そこでその回も “棄権”で、のんびりと休日を過ごし、翌日もぼんやりとテレビを眺めていたわけです。

「ヤクザさんもチンピラも、入院中の人も高齢で投票所に行けない人も、アホな人も愚かな人も、全部、全部ふくめて4人に3人が投票所に足を運んだ」

 ではその“投票に行った人”たちは意識の高いエリートたちかというと、もちろんそうではありません。エリートもいたかもしれませんが、基本的には「普通の人たち」が投票に行ったのです。

 そしてその、「普通の人たち」と「『ヤクザさんもチンピラも、入院中の人も高齢で投票所に行けない人も、アホな人も愚かな人も、全部、全部』ふくめた人たち」の間で、私は後者の仲間だったわけです。

 これには参りました。

 

 それ以後、すべての選挙を棄権することなく、必ず行くようにしました。教員としても、生徒に「必ず投票に行く人になれ」と言ってきました。

 行かなければパイの取り分を他の使途が持って行ってしまうのだと、そんなふうに話しもしました。「入れたくなるような候補者も政党もない」ということなら、行って白票を入れてくればいいのだ、そんなこともしばしば言いました。わざわざ行って「書きようがない」と白票を投じるのは、それはそれなりに意味あることです。無記入が大きな主張をするのです。

 さて、今回の総選挙、投票率は52%ほどだと言います(推定値)。私が飛び上がった時の75%に比べると本当にひどい数字です。しかし現在もなお、行かない人より行く人の方が多数だという事実を無視してはいけません。その結果も尊重されなくてはなりません。

 選挙の結果は自公政権の圧勝。現在の政治の方向は一応支持された、そういう理解でかまわないと思います。それ以外の結論はありません。そして、

「だからとって何でもアリじゃないからね! いい加減なことをすると次はひどいよ、見ているからね」

 それが私たちのあるべき姿だと思うのです(そしてみんなそうするでしょう)。

 ところがマスメディアの一部はそうした結果を受け入れようとしません。「投票率を考えると、国民が自公政権を支持したとは言い難い」のだそうです。

 そう遠からず政党別の得票数が出て来ると思いますが、自公政権の得票率は小選挙区で45%、比例代表で四〇%弱くらいでしょう(前回がそうでしたから)。

 すると全有権者に対する得票率はそれぞれ23%、21%くらいになってしまいます。しかしだからといって「自公政権を支持しているのは四分の一以下」と旗を振り回すのは卑怯でしょう。他の政党はもっともっと少ないのですから。

 私は熱烈な自公政権支持者というわけではありませんが、マスコミのこうした数字いじりにはウンザリしています。

――というわけで、今朝はイライラしたところからスタートです。