「愚かな不審者対応」①〜そんな子どもでは困る

 あるテレビ番組を見ていたら、子どもを不審者から守るにはどうしたらよいか、というテーマで話し合いが行われていました。さまざまなケースを想定し子どもが取るべき態度を考えるのですが、これが何とも納得できません。
 例えば、道端でうずくまっている人がいたら「どうしたの?」と声をかけず、大人を呼びに行くのが正しい態度なのだそうです。なぜならお腹が痛いと言われても子どもにできることはないからです。

 知らない人に道を尋ねられたら、「道を知っていても教えない」が正しい対応でした。なぜなら普通の大人は子どもに道を聞いたりしないからだそうです。番組では子どもたちが「なるほど」とか言って合点していましたが、はたしてそうでしょうか。

 田舎の住宅街など、子ども以外に道を聞く相手がいないことなどしょっちゅうです。都会だって、目印が学校だったり学校そのものが目標だったりしたら下校途中の子どもに声をかけたくなります。そのたびに逃げられては困ります。
 そもそも病人がうずくまっていても声もかけず、道を聞かれても答えない子どもの行為が正しい対応なのでしょうか。

 そう言うと当然予想されるのが「だったら誘拐されてもいいのか」といった反論ですが、誘拐なんてそう簡単に起るものではありません。小学生が被害者である略取誘拐事件は年間100件以下、そのうちわいせつ目的の事件は30件以下です。これだけ見ると結構な数のように思えますが、日本の小学生は全体で660万人もいるのです。誘拐される可能性は6万6千分の一以下。そんなめったにない危険を回避するために、つまらない子どもを育ててしまうのはまったくに愚かなことです。

 道端でうずくまっている人がいたらとりあえず「大丈夫ですか?」と声をかけなくてはなりません。その上で「お腹が痛くて動けない」とわかれば大人に伝えに走るだけです。人から道を聞かれたらきちんとした距離を保って丁寧に教えてやればいいのです。その上で感謝されれば、その子は将来に渡って人にやさしい親切な人間に育つ可能性があります。

 この国にいる限り、世の中の99.99%以上は“いい人”なのです。そう信じて間違いありません。その人たちを信頼し、その人たちと支え合いながら生きる人生は、きっと素晴らしい―子どもたちはそう信じて生きる必要があります。
 生きていればリスクをゼロにすることはできません。誘拐される危険より交通事故にあう危険性はさらに大きいからといって子どもを学校に出さない親はいないでしょう。虐待死が年間30件もあるからといって子どもを自分から遠ざける親もいません。

 不審者対策は、「人通りの少ない道を歩いてはいけません」「親の知らない人について行ってはいけません」「『お菓子を上げるから』『珍しいものを見せてあるから』といって子どもを誘うのは怪しい人です。普通の大人はそんなことはしません」――その程度に留めておくべきです。
 力ずくで無理やり車に押し込めるような乱暴な誘拐はどうやったところで対処できるものではありませんから、それはもう、交通事故にあいませんように、病気にかかりませんようにと神仏に願うレベルの話なのです。

(この稿、続く)