「月はどっちを向いてるの?」

 皆既月食で思い出したのですが、花王石鹸のロゴマークのように細い月に顔を描くとして、右向きの月と左向きの月、三日月はどっち? という設問があります。

 答えは「左向き」。花王のロゴもドリームワークスの映画で釣りをする少年の乗る月も左向きの三日月です。ところがこれがなかなか頭に入らない。改めて聞かれるとどちらが三日月か分からなくなります。

 理屈を言えば、“月”はおよそ30日間で地球を一周しますので、毎日同じ時刻(たとえば日没)に観察すると、“月”は毎日12度の角度で太陽から遅れていきます。新月(つまり太陽と“月”が同じ方向にある)の日の翌日、糸を引いたような一日の“月”は太陽の12度ほどうしろにあって一瞬だけ見えます。その翌々日が三日月で、太陽から36度ほど後方をしばらく西に向かって移動し続け、時間にして2時間半ほどで沈みます。その間、陽の光を右から受け続けるのです。ですから(顔を描くと)左を向いた“月”になります。

 以上。

 この説明は、しかし小学校の高学年以上だと誠実な説明ということになりますが、低学年以下だと絶対理解できませんし覚えてくれません。小さい子には小さい子にふさわしい覚え方があります。

 それは実際に描かせてみることです。

「三日月みたいな細い月を描いてごらん。描きやすい方が三日月だよ」

 そう言えばいいのです。ほとんどの場合、左向きの“月”を描きます。その方が描きやすいからです(ただし左利きの場合は別)。

 “線を引く”と言うように、鉛筆やペンは線を“引く”道具です。“押す”道具ではありません。したがって右手で書く場合、押しながら描く右向きの“月”より、引きながら描く左向きの“月”の方が圧倒的に描きやすいのです。それが三日月です。

 ところで、同じ理由から人は動物を描くときには左向きに描くのが普通です。小学校ではニワトリやウシをモデルに絵を描かせることが多いのですが、まずほとんどは左向き。稀に正面から描いて先生を喜ばせる(とても面白い絵になるケースが多いので)児童もいますが、頭を右にする児童がいたら少し心配しなくてはなりません。その子はニワトリやウシを尻尾から描き始めたか、右に頭を描いて左へ左へとペンや筆を送った不思議な子だからです(ただしもちろん、左手でペンや筆を使う子は別です)。

 2〜3ヶ月前(もっと前かな)、あるテレビ番組を見ていたら「ほとんどの人は魚を描かせると左を向いた魚を描く」という話をしていました。その理由として“専門家”が提示したものは、

「明治の初期に出版された魚類図鑑が魚をすべて左向きで描いたため、以後日本人は左向きの魚を描くようになった」

という説です。アホなことです。

 私はかなりいい年になるまで、「“専門家”は正しいと確信の持てることしか言わない。なぜなら中途半端なことを言えば強烈な反論を受けることになるからだ。ましてや出版や放送を通じていい加減な発言をすることはない」

と信じていました。

 世の中の専門家のすべてが、私のようにシャイで攻撃されることに弱く、誠実なわけではないと知るまでに、ずいぶん時間がかかったのです。