「忘れてはいけない」

 広島が大変なことになっています。

 被災後、二日たっても三日たっても行方不明者が増え続けるという異常事態は、阪神淡路や東日本の大震災以外に絶えてなかったことのように思います。天気図を見ると繰り返し繰り返し第一級の雨雲が広島にかぶさって行き、まるでいじめているがごとく――。

 一刻も早い天候の回復が望まれます。

 さて、今回の災害については様々に悲しい逸話が伝えられていますが、なかでも私の心に暗く覆いかぶさってきたのは最初に報道された二人の被害者、2歳と11歳の兄弟に関わる物語です。8月20日の朝、「午前3時20分ごろ広島市安佐南区山本の住宅で裏山が崩れ、この家に住む2歳と11歳の男の子2人の行方が分からなくなりました。消防が捜索した結果、午前5時15分ごろ、このうち2歳の男の子が見つかりましたが心肺停止の状態だということです(NHK 8月20日 6時25分)」と報道されたあの子たちです。

 NHKでは映像だけでしたが民放では音声も流され、中で母親とおぼしき人が叫んでいます。

「どこにいるの!」「答えないさい!」

「『助けて』って声を出しなさい!」

 それは本当に悲痛な叫び声で、静かな被災地に大きく響き渡ります。もう消防が入っていましたから相当な時間が経っていたはずです。しかしそれでも叫ぶのをやめない――。私はテレビの音に耳を傾けながら、よく似た叫び声に記憶のあることを思い出しました。それもやはりテレビの中で聞いた声です。

 4〜5年前のことです。やはり民放の特番で、小児がんの4歳ほどの男の子とその家族を追ったドキュメンタリーの中に、その声はありました。

 抗がん剤の影響で髪を失ったその子は、すっかり痩せ細ってまるで老人のように見えます。すでに回復の見込みはなく、家族はその命を誕生日まで長らえさせようと、必死の思いで戦いを続けているのです。

 そしてようやくその望みが達成され迎えた誕生日の朝、テレビクルーがお宅を訪ねると家の前に救急車が泊まっていたのです。聞くとその朝、急に容態が変わったというのです。

 カメラはそのまま救急車を追い、救急診療の場に侵入します。そしてあの声が響いたのです。

「ダメよ〇〇(子どもの名)! 死んじゃだめ」「目を開けなさい!」

「今日はダメ、今日はダメなの! 今日は死んじゃいけないの!」

 子どもが死ぬのに今日も明日もないはずです。しかしその家族にとって「今日はダメ」なのです。

 私は基本的に信仰心の篤い人間です。しかし神意や神慮が分からなくなるのはこういうときです。なぜその一日が待てないのか。“その日”、家族から子どもを奪うことにどういう意味があるのか――。

 

 私たちは初めてわが子にあった日のことをすぐに忘れてしまいます。その日3�sほどの小さな命の塊を抱きしめながら、ただひとつ願ったことは「健やかに育て」、それだけでした。

 そうした素直な感情は、子を失いそうにならなければ思い出せない、それほどもろいものだったのでしょうか。