「思い出の教師たち」�A〜K先生のこと

 K先生は私より7歳ほど年下で、出会ったときは新卒2年目、初めての担任を持とうというときでした。仕事の遅い人で、というより面倒なことを後回しにする性質で、そのためしょっちゅう叱られたり起こられたりしています。しかしそれにもかかわらず学年主任や先輩からはたいそう可愛がられていましたから、やはり人徳というものなのでしょう。

 女性にもよくモテました。これは中学校の教員としてかなり有利な条件で、当然、目をキラキラ輝かせた女生徒がたくさんいて、彼女たちがクラスの雰囲気をつくってくれるから楽なのです。

 中学校の教室にはかなり単純な構造があって、女の子たちが「真面目できちんとした男の子が好き」というと、男の子はあっという間にピシッとしてしまいます。逆に「少しくらい腐っていた方がいい」といった雰囲気ができると一斉に腐り始めます。中学校の学級経営は女子が鍵なのです。したがって女子に強い影響力をもつK先生は余裕で学級経営に取り組むことができました。

 ただし、K先生は男子を制圧することにも長けていました。誰にも負けたくないのです。教室に入るとまるっきりのガキ大将で、折れるということを知りません。こうと決めたら絶対に引きませんから、子どもたち方が諦めてくれます。ある意味、子どもたちの方が大人なのです。

 

 女性にモテて男の子にも強い。いずれも私にはないものです。しかし先にも書いたようにとにかく仕事が遅く他人にも迷惑をかける、つまり大人社会ではちょっと首をかしげるような面もなくはありません。しかも私を巻き込む。

 学期末、私が部屋でひとり仕事をしていると、住宅の庭にいきなり車で突っ込んでくる人がいます。そんな来方をするのはK先生に決まっています。私は慌てて仕事を座布団の下にしまいこみ、テレビをつけ、何時間も見ていたようなふりをします。上がりこんできたK先生が、

「T先生、仕事は?」と聞くので、

「明日すればいいさ」と答えるとしばらく休んでから安心して帰っていきます。ところがあるとき、腰を浮かしかけたK先生がいきなり座布団の下に手を突っ込んで通知票を引っ張り出し、

「ホラやっぱりやってる。だめじゃないですか、仕事なんかして!」

 あとから考えるととんでもない台詞なのですが、勢いに気圧されて何となく申し訳ない気持ちになっていると、

「さあ、そんなことしていないで、どこかに遊びに行きましょう!」

 そしてそのあとの数時間を、私はムダにすることになるのです。

 

 そんな先生ですが、この人から教えられることも少なくありませんでした。ひとつは、

「失敗したって命まではよこせとは言わんでしょ」

 そういう開き直りも私にはないものでした。以後、今でも本当に困ると私はこのオマジナイの言葉を心につぶやくようにしています。

 もうひとつは、

「担任が叱られて、それで子どもが良くなればいいじゃないですか」

 とにかく仕事を選ぶのです。上から命じられても子どもに必要ないと思ったら平気で手を抜きます。そうやって活動にメリハリをつけるのです。私などはまじめな臆病者ですから全部一生懸命やって全部うまく行きません。

 もちろんそんな調子ですから、叱られることも少なくありません。だから謝ってばかりです。

「スミマセン、スミマセンばっかりで、オマエはちっとも直らねぇじゃねえか」

 学年主任のそう言われた答えが、

「スミマセン」

 まさに「担任が叱られて、それで子どもが良くなればいいじゃないですか」とうそぶく人がやりそうなことです。