「前期人権教育旬間」① 〜遠交近攻の話

(ゴールデン・ウィークはいかがでしたか。私は珍しいことに一泊の家族旅行をしてきました。子どもが家を離れてから初めてのことです)

 前期人権教育旬間です。かつては同和教育旬間と言いました。
 正確に言えば同和教育は人権教育のカテゴリの中に入るべきものですが、部落差別の現実性と緊急性、重要性から特に抜き出して学習したのです。「同和教育を通しての人権教育」をという考え方でした。

 それが現在のような形になったのは、行政が「同和教育はその役割を終えた」と判断したからです。被差別部落に関する学習はもう必要はないということです。それと同時に同和対策事業特別措置法も終了し、被差別部落に対する助成もあらかたがなくなりました。

 ただしそうした政治的判断とは別に、そのころには現場で指導している私たちにも、限界が見え始めていました。授業に手ごたえがなくなったのです。まるで中学生にたし算を教えるのに似て、すんなりと入りすぎるのです。
 悲惨な差別の歴史や実態を学び、感想を問うと「理由のない差別は絶対に間違っている」「部落差別は許せない」ということになる。教室のどこにも違和感やためらいはない、それはいいのですが何かすっきりしない、そんな感じです。

 以前は違いました。「差別は絶対に間違っている」と言う前に微かな葛藤があり、それを乗り越えてようやく結論にたどり着くのです。
 それはおそらく学習の中で、子どもたちに疑問だったことが一つひとつ解けていく過程があったからです。あの時の親の態度、祖父母の言動はそういうものだったのかと氷解する瞬間です。しかも学習の最終局面には両親や祖父母も否定しなければならない内容が控えているらしい―そういった緊張感を乗り越え、ようやく結論にたどり着いたのです。
 それがなくなった。部落差別が、少なくとも家庭の中にありふれている時代は終わりつつあったのです。

 おそらくそういうことだったのです。しかし私たちの“すっきりしない気持ち”はそのためばかりではありませんでした。「理由のない差別は絶対に間違っている」「部落差別は許せない」―そう答える同じ生徒が、隣りの友だちを平然と差別したり傷つけたりできるのです。

 それはあたかも「理由のない差別は間違っている、しかし隣りのコイツは別問題だ」と言っているかのようです。

 遠くの誰かに対しては思いやりを持てるのに、近くの人間に対しては冷たく厳しい・・・子どもたちのそうした態度はどこから生まれるのか。これほど人権教育を徹底してもなお、いじめ問題が解決しないのはなぜなのか。そもそもいじめとは何なのか。

 人権教育旬間の最初に、それについて改めて考えてみたいと思います。

 

                   (この稿、続く)