「舟を編む」

 ゴールデン・ウィークも早いうちに女房孝行をしておいた方がいいのではないかと思う私と、とんでもなく評判の高い映画が来ているらしいと勘違いした家人の思いが重なって、「舟を編む」という邦画を見てきました。夜8時5分からの回で終了は10時近くになります。

 観客は私たちを入れて5組の中年カップル、ひと組の若いカップル、そしてオタクめいた若者がひとり、それで全部です。私は何回かこの時間帯に来ているのですがいつも組み合わせは同じようなものです。家族連れはもちろん、子育ての終わっていない年頃の夫婦も若者の団体もいません。中年以上のひとり客というのも、私を除けばめったにいません。

 何しろ勘違いで連れて行かれた映画ですので何の知識もありません。映画館に着いて簡単なパンフレットを手に入れ、そこで初めてどんな映画かを知ります(こういう経験は今までにないことです)。

 “舟”というのは広大な言葉の海を渡るための道具(=辞書)のこと、「舟を編む」は辞書編纂の話なのです。映画の中で主人公たちは、15年の歳月をかけ「広辞苑」や「大辞林」に匹敵する辞書を完成するのです。

 適度にユーモアもあり出てくる人物も善人ばかり、最後はハッピーエンドという極めて気持ちの良い秀作なのですが、私はむしろ辞書編纂という活動自体に心惹かれました。

 新しい辞書の編纂は言葉や用例の採集から始まります。辞書を出すような大手の出版社にはそもそも100万を超す言葉の蓄積があるのですが、そこに新しい言葉を付け加えていきます。これを「用例採集」と言います。10�p×15�pほどのカードを常に携え、新しい言葉や用例に出会うとそれを書き留めておくのです。

 それがある程度集まったところで、「カード選別・見出し語選定」という作業に移ります。辞書に乗せる言葉の選定です。

 基礎にするのは先行する他社の辞書との比較です。映画では「広辞苑」と「大辞林」の双方に載っている言葉に○、どちらか一方だけに載っている言葉に△、両方にないものに×をつけ、特に△と×のついた語について載せるか載せないかを判断していきます。苦労して集めた語でも、たとえば「チョベリグ」のように、のちに消えてしまったものは見送られます。

 辞書に何を載せるかが決まると「語釈執筆」が始まります。語の意味や用例を書く仕事で、「見出し語選定」とともに辞書の独自性をつくる重要な仕事です。

 そのあと挿絵をどこに入れるか文字の大きさはどうするかといった「レイアウト」の仕事、続いて「校正」の仕事が入ります。普通の出版物とは異なり極めて高い正確性が必要なため、構成は5校を越え、赤字修正がなくなるまで続けられます。そして最後が、用紙の選択、装丁、宣伝という手順になるのです。

 その間15年です。

 映画の主人公は人づきあいがまったくダメだが異常な集中力があり、(語に対する)マニアックな興味が尽きない人物―私たちの良く知るタイプです。そこにも好感が持てました。「語に対する」という条件付きですので、彼らのだれもができる仕事という訳にはいきませんが、世の中には私たちの知らない仕事が山ほどある、という点では希望の持てる話です。

 辞書編纂はそれで終わりではありません。完成した翌日から再び「用例採集」から「校正」に至る仕事が始まります。これを改定作業と言います。気の長い話ですね。

 さて、この映画の最初の方で「『右』という言葉をどう説明するかという」設問がなされ、最後に一応の答えが提示されます。それは「アラビア数字の10の、ゼロのある側」です。さて先生方は、これ以外にいくつの説明を思いつくでしょう。