カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「配合禁忌(はいごうきんき)の話」~トリカブト殺人事件とジュリー

 一昨日の新聞に小さく「トリカブト殺人事件の神谷受刑者が病死 昨年11月」 という記事が出ていました。1986年の5月、沖縄の石垣島で新婚の妻を毒殺して保険金をとろうとした事件です。容疑者の3番目の妻ですが、前の二人を含め、三人とも心筋梗塞でなくなるといういかにも怪しげな事件です。
 しかしこの事件が記憶に残るは、そこにまるで推理小説のような経緯があったからです。

 事件が事件になったのは亡くなった三番目の奥さんの知人が、その死を怪しんで片っ端から保険会社に電話し、彼女に莫大な保険金が掛けられていることを突き止めたところからです。保険会社が支払いを拒み、容疑者は裁判に訴えるのですが、その裁判の過程でたまたま保管されていた被害者の血液や内臓の一部から、トリカブトの毒が発見されたという事実が明らかになります。
 容疑者は急きょ支払い請求を取り下げてしまいますが、そのころからマスコミも大騒ぎを始め、容疑を固めた警察も逮捕に踏み切ります。しかし実は容疑者には鉄壁のアリバイがあったのです。

 その日、容疑者は妻と妻の3人の友人とともに、計5人で石垣島に行く予定でした。ところが夫は急な仕事が入ったので大阪に戻ると言いだし、妻たちを石垣島行きの飛行機に乗せて自分は那覇空港に残ります。その2時間後、妻は突然死するのです。
 那覇空港を飛び立つ前に妻は夫からもらった栄養剤のカプセルを飲んでいますが、以後変わったものは口にしていません。もちろんその栄養剤カプセルが怪しまれますが、トリカブトの毒は即効性で2時間後に効くということはありえないのです。それが被告のアリバイです。

 裁判は暗礁に乗り上げたかのように見えましたが、ここに不思議な証言者が登場します。それはトリカブトではなく、被告に大量のフグを売ったという漁師です。そこで再度血液の鑑定が行われるのですが、やはりそこからフグの毒も発見されます。
 犯人はご丁寧にもトリカブトだけではなく、フグの毒も混入して万全を期したのです。

 当時は知られていなかったのですが、この二種類の猛毒、拮抗作用があって同時に使うと毒としての性質を抑えあってしまうのです。互いに相手を金縛りにしてしまい、そのまま時間が経過する・・・ただしフグ毒はトリカブト毒に比べて半減期(血中で濃度が半分に下がる時間)が短いので、やがて拮抗状態は崩れ、トリカブト毒が本来の作用を取り戻す、それが事件の全体でした。
 まるで推理小説のような事件です。

 二種類以上の薬品を同時に使った場合、その効能を打ち消しあってしまう、あるいは毒として作用してしまう、そういう関係を薬学の世界では“配合禁忌”というのだそうです。
 私はこの「二つ以上のものを一緒にしたら効き目がなくなる、毒になる、あるいは素晴らしいものができあがる」といったものの見方が好きです。

 昔、ポップスの世界に沢田研二というスーパースターがいました。同じ時期、将来の森光子と目される田中裕子という名女優もいました。二人が結婚したら、オーラがあっという間に消えてしまいました。
 昔、ものすごく苦労させられたモンスター・ペアレンツがいました。夫婦別々にいるとたいしたことはなかったのです。しかし二人一緒だとんでもなく厄介な人たちでした。
「あ、配合禁忌だ」
 心の中でそうつぶやいたものです。