カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「バレンタインデー惨題」~バレンタインデーに関わる三つの物語

【第1話】

 高校3年生の2月14日、昼食を食べ終わって教室でわいわい騒いでいたら、呼び出しがかかった。廊下にでると同じ部活の一年生の女の子がちょこんと立っている。
「あの・・・」
と言って手に持ったきれいな箱を持ち上げる。
「これ、○○さんに渡してくれませんか」
(やっぱりね)と思いながらも一方で、
(オレを呼び出すなら本人を呼び出せばいいのに、そこにいるのに)とも思った。
 しかし断るほどの理由もないので「いいよ」と受け取ると、
「あのそれから・・・」
と言ってポケットから小さな小さな包みを取り出し、
「これ、お礼です」
 どうやらこちらの中身もチョコレートらしい。ほとんど一口チョコ。
 なんだか“お駄賃”をもらったみたいで、急に情けなくなり、こちらの方は泣けた。

【第2話】

 大学2年生の2月14日、講義の直前に同じゼミの女の子がチョコレートを持ってきた。大変な人数の中で堂々と渡そうとする。それはいいのだが、それから5分以上に渡って、今渡そうとするチョコレートに恋愛的な意味はまるでないこと、日頃世話になっている(確かに相談に乗ったりはした)のでそのお礼として渡すものであること、勘違いさえれても困るがかといって傷つかれても困る、本当は迷ったのだけれど何もしないのも気が引ける等々、等々、等々。婉曲というよりは堂々巡りの感じで延々と話された。
(そんなに言うなら、くれなければいいのに)

【第3話】

 教員になって2校目。ほぼ一年間をやり終えた2月14日。登校したらいきなり生徒からチョコレートをもらった。私もまだ若く独身だった。
 それから一日中、あっちで声をかけられこっちで袖を引かれとやっているうちに、チョコレートは大きな紙袋二つ分にもなった。びっくりした。
 しかし実はそれ以上に困っていた。というのはそんなにもらうとは思っていなかったので、誰にもらったのか記録を残していなかったのだ。
 結局一か月後、私は「誰にもお返しをしない」という方法で公平を図るしかなかった。

 その翌年。前年の反省もあって今度はしっかりとメモを用意して登校した。ところがその年は、誰もくれなかった。ものの見事に、一個ですら来なかった。
 2年目に女生徒全員に嫌われるようなことをした覚えはないから、きっと前年で懲りたのだろう。女子中学生の記憶力は、こういう点では一致して、“良い”。

 さて、独身の先生のもとには恋人からのチョコは届いたのでしょうか。既婚の先生方の奥様方は、今でもそんな気の利いたことをしてくれるのでしょうか。そう思って、今日は勇んで帰りましょう。