「大阪桜宮高校事件のこと」~ただ体罰はダメだと言ってみても始まらない

教育再生の行方」②を書こうと思ったのですが、大阪市立桜宮高校の体罰事件が難しいことになっているのでこちらを先に扱いたいと思います。
 難しいというのは体罰に関して、これほど初期から擁護論が出ることはまれだからです。

 桜宮高校の体罰事件が最初に記事になったのは8日ですが、9日の朝日新聞には早くも「熱血?暴力? バスケ部顧問、割れる評価」という見出しで、「体罰は、生徒が嫌いだからではなく、チームを良くしようと思ってのことだと思う」といった3年生の声まで載せています。
 顧問を知る大阪府内の別の高校のバスケ関係者は「熱意があり、生徒に対して本気で接する人」と評価する。監督を兼任していた女子バスケ部の試合では、敗戦後に「勝たせてあげられなくて悪かった」と、選手に涙を流して謝っていたのが目撃されている。

 さらに9日夜に開かれた保護者説明会は、NHKニュースで見る限りは不信感をさらに募らせた保護者が続々と学校をあとにする、といった体でしたが時事通信では
 中には「愛情があれば多少は許されるのではないか」との意見も出たという。出席した保護者の男性(50)は「先生と生徒の絆を深めていくと話があり、期待したい。暴力と指導の体罰紙一重だ」と話した。
 となります。

日本テレビは
 学校側の対応に不満の声が多くを占める中、擁護する声もあった。
 保護者「僕も卒業生。正直、僕らの頃はもっと厳しかった。先生だけの責任じゃなくて、親の責任だと思う。友達を作ることも大事ですし、そういう友達がいたら、手を差し伸べるように言ってやるのも親の役目。先生はこれからも大変だと思いますけど、頑張ってください。僕は応援します」

 ここで親の責任を持ち出すのはいかにも不適切だと思うのですが、そうした配慮すら気づかないほど、軸足が体罰教師の方に傾いています。
 どうしたことでしょう。

 おそらくそれは当該教師に対する猛烈な支持があるからです。そうした声をまったく無視しては一切の取材ができないほどの強い支持が現場にあるため、一定の配慮をしながら進めていくほかはないのでしょう。

 どんなスポーツであっても体罰だけで選手を強くすることはできません。力のない人間なら出てきて一発殴っただけで終了です。信頼できない人間の暴力は、たとえ指がかすっただけでも許せないものです。
 それをほとんどの部員が受け入れたということは、この顧問に対する深い信頼があったからです。熱意、温情、卓越したコーチング技術、生徒のためなら時間もエネルギーも惜しまないひたむきさ、心底子どもの成長を願う純粋さ、そうしたものがあったからこそ弱小チームを全国レベルまで高め、繰り返される暴力にも関わらず部員はついていき、薄々事情を知っていても保護者も子どもを預け、同僚はそのやり方に口を挟まなかった、それが実際にあったことです。

 そうした状況を前提とせず、体罰はいけませんと言ってみたり、やれまた暴力教師かと投げ捨ててみたりしても何の解決にもなりません。実際にどのようにして暴力がエスカレートしていったのか、前日に受けた暴力と自殺の因果関係はどうなのか、きちんと分析し対応策を練っておかなければ、同じことは何度も繰り返されます。

 もちろん、私はこの顧問に対して一片の同情心も持ち合わせません。これだけ世間の目の厳しい時代にあって、なお体罰をし続けたという愚かさだけでも許しがたい気持ちです。子どもの気持ちを掴み、チームを全国大会の常連校に育てるだけの技量があるなら、なぜ暴力なしの指導技術を生み出そうとしなかったのか、はなはだ疑問です。

 子どもを死なせてしまった以上もうこの教師は教職にとどまることはできないでしょう。そして彼を慕って桜宮に来た生徒は捨てられることになります。それも全部、彼一人が招いたことです。