「市の計画では場所を貸すだけだが」~学校を災害が襲うとき②

 私は前々から「いざというとき、災害対策の重要なパートを学校が受け待つだろう」と言ってきましたが、東日本大震災の現場では実際にその通りになったようです。その重要なパートというのは避難所の運営です。

 本校も避難所に指定されていますが、その運営は市役所の職員がやることになっています。学校は校舎を提供するだけでいいのです。しかしそんなことは可能なのでしょうか。
 災害の規模にもよりますが、市内全域に避難所が広がるような状況では市職員だけではとても手が回らないでしょう。それほどの大規模災害だと、他にもやらなければならないことが山ほどあるからです。それにもともと、バラバラな存在を組織して運営するというのは教師向きの仕事なのです。あるいは物資の仕分けといった段取りを必要とする仕事も圧倒的に教師に向いています。
「学校を災害が襲うとき」にも、こんな表現があります。

 教師たちの「段取り力」。教師たちは指示にも従うが、単なる「指示待ち存在」ではない。教師は日々の仕事で、子どもが、個人や学級や学校全体で様々な活動を行えるようにと段取りゃ調整を行い、ときに創造的に仕事を展開している。教育現場の日常で培われた専門性が、非常事態でも活かされた。

 さらに、避難が一時的であればいいのですが、東日本大震災のように避難民に帰る家がないと避難生活が長引き、遠からず「学校を再開したいのに、避難所のまま」という状況に追い込まれます。そうした場合も、避難所の運営者が学校であれば調整も早いでしょう。中途半端に任せられるより、丸投げされた方が楽なのです。
 以前見たテレビでは、学校の被害状況を見に来た教頭先生が、そのまま避難所の運営責任者になっていく様子が出ていましたが、結局そうなるなら最初から予定していた方が確実です。

 これについて、10年前に私が勤務していたA市では、大規模災害避難所運営計画みたいなものの作成が義務付けられていて、学校の防災計画の救護係がそのまま避難所の救護係に、給食室のメンバーが自動的に炊き出し係に、消火係は警備係、搬出係は物資係、本部は渉外係と、そのまま移行できるような仕組みがありました。
 3年A市を離れて元に戻ったら“計画”自体がなくなっていましたから何かが変わっていたのでしょう。しかしたとえ紙面上だけのことにしてもあれは良かったと思います。一応かたちがあれば、あとは現場で肉付けをすればいいだけなのですから。

 大規模災害があれば私たちには公務員としての義務が生まれます。自分自身が被災者であっても、家庭を優先するわけにはいきません。輪番で帰宅してもらうにしても基本的には公務優先となり、学校は24時間体制となります。地方公務員も警察も、消防署員も病院関係者もすべてそうなります。同じように学校も、地域の中核として働かなければなりません。 

 私たちがやらなければ、その穴は誰も埋めてくれません。校舎が使われる以上、学校は必ず地域を背負う役割を担わされます。どうせやらなければならないのなら、最初から気持ちよくやった方がいいはずです。

 結局私たち以外にやる人がいない、明日はそのことについてお話します。

(この稿、続く)