カイト・カフェ

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「浪人の世界」~リストラにあった武士たちのトリビア

(先週お話しした“お家断絶”の続きです)
 お家断絶というのは現代にあてはめると「超不況下での大型企業倒産」みたいなものだというふうに書きました。しかし現代の倒産とは比べものにならないほど厄介な事情があります。それは再就職がほとんど不可能、ほぼ100%できないということです。

 戦国時代に家臣団として大名の下に雇われていた武士たちは、平和な時代になっても基本的にそのまま雇用されていました。「江戸に幕府が開かれ征夷大将軍が権力を振っている」という状況は、いわば戒厳令下ということです。徳川家はクーデターによって政権を奪ったのではなく、“非常時のため一時的に権力を征夷大将軍に預ける”という形をとっています。そうしたフィクションの上に徳川政権は成り立っているので、武士の身分を解くことができないのです。
 別な言い方をすると巨大な武装集団を270年間に渡って待機させているわけで、当然財政負担が莫大になります。そこに失業者がやってきて「雇ってください」と言っても、ごく一部の特別な人材を除けば、採用できません。そこでお家断絶によって吐き出された武士たちは、市井にさまようことになります。

 剣術に特に優れた人なら町の剣道場の師範という道もありました。城の経営に長けた人なら今でいう経営コンサルタントみたいな仕事(仕法家というらしい)もあります。文芸に秀でていれば寺子屋の師匠、ヤクザな仕事も厭わないなら用心棒ということもあります。しかし浪人の大部分である「普通の武士」たちは、社会の片隅で内職程度の仕事で口に糊するしかありませんでした。先日もお話ししたように、身分制度の時代ですから土木工事や農業に出るということができなかったのです。これが浪人たちを非常に苦しめました。

 映画で見る浪人はこぞって傘張りのアルバイトをしています。しかしあれは映像的に一目で貧窮を表せるので多用されるだけで、実際にはありとあらゆる仕事に手を染めています。傘張り以外に提灯張り、虫かご作り、筆作り、竹細工。スズムシや金魚の飼育、ツツジ朝顔の栽培、書籍の版下作り等々。
 昔のテレビ時代劇「桃太郎侍」の主人公は年じゅう釣竿を担いで池に出かけていきますが、あれも趣味でやっているのではなく、釣った魚を料亭に卸してそれで生計を立てているのです(何か遊んでいるみたいで、やはり傘張りでないと貧しい様子が出せません)。

 おおかたの浪人の家では再就職など夢のまた夢といった状態でしたが、中にはさまざまな才能に恵まれて出世した人もいます。
 近松門左衛門は代々浪人の家の子で、平賀源内は浪人から農民への身分を変えた家の子です。松尾芭蕉新井白石はさまざまなの事情によって自ら浪人の道を選びました。
高田馬場の決闘」で一躍江戸のヒーローとなった浪人中山安兵衛は、赤穂の堀部家に養子に入って職にありつきますが7年後、主君の刃傷事件によって再び浪人。さらにその2年後、赤穂浪士の一員として本所松阪の吉良義央邸へ討ち入ります。