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「瑞浪いじめ事件の教訓」~ネット社会における学校のいじめ問題②

  2006年の岐阜県瑞浪市における、いわゆるいじめ自殺事件では情報化時代の学校問題の幕開けにふさわしいものでした。女子中学生の葬儀の夜、生徒の家を訪れた校長と学年主任(教務主任?)を遺族が問い詰める場面が隠し撮りされていたのです。

 校長は苦渋の表情をして言を左右にしているのに対し、隣の学年主任は平然と「はい、(自殺は)いじめが原因です。間違いありません。私が確認しました」と言っているのです。これが「内部の人間が確認した『いじめ』を、校長が保身のために握りつぶそうとしている証拠」として後々まで使われます。

 自殺しなければならないほどのいじめを確認しながら自殺を阻止する何の行動も取らなかった学年主任、というのも理解できません。たぶん「私が確認した」も「生徒の誰かからはっきりと聞いた」といった、その程度のものだったのでしょう。しかしその行動はあまりにも浅はかでした。すでに密室の会話もすべて外に出て行ってしまう、そういう時代に入っていたのです。

 今や保護者説明会などの席にはICレコーダを持った保護者が最低一人はいることを計算に入れておかなければなりません。さらに積極的に言えば、私たちもレコーダやビデオカメラを用意して、自分たちの言動を記録にとどめておく必要があります。相手方の記録が編集されてメディアに乗せられた時、元の発言を復元するためです(ただし私たちは隠し撮りをしてはいけません。必要な場合は予め相手の許可を取ってからにします)。

 何か大きな事件が起こったら学校のホームページも最低の部分を残して削除します。先生たちの個人的なFacebookTwitterも、すべて閉鎖してもらいます。そこに不用意な発言、誤解されやすい発言がないとは限りませんし、ネットに乗せた写真はどう利用されか分からないからです。大津の事件では学校のホームページに載せられていた「学校便り」の内容から学校が特定されました。“首謀者”とされる少年の何枚もの写真も、おそらく父親のFacebookからコピーされたものです。

 ネット上には鬼女と呼ばれる優秀な探索者たちがいるそうです。もともとは「2ちゃんねる」の「既婚女性板」(通称「既女板」)にいた人々で、有り余る時間をネット検索に利用できる人たちです。そうした女性が一人や二人なら恐れるに足りませんが、万単位となると大抵のことが暴かれてしまいます。今回の大津の事件に際しても、この“鬼女”たちの活動があったと言われています。

 大津市教委が読み誤ったのは、こうした新たな“世論”に対する対応です。
 学校も市教委も自らの保身のためにことを小さくしようとしたのではありません(直接の当事者でない限り罰せられる可能性はありませんし、翌年には人事異動でどこかに行ってしまうのですから)。この人たちは本気で学校を守ろうとしたのです。一日も早く平穏な日常を回復し、子どもたちが落ち着いて勉強できる日を取り戻そうとしていたのですが、しかしやり方はつたなかった。

 今や何を隠しても暴かれる時代です。伏せるという方法では問題を小さく収めることはできないのです。