「種痘記念日」

 昨日、5月14日は種痘記念日。ジェンナーが初めて種痘を試みた日です(1798年)。
 だったら昨日書けばよかったようなものですが、実は一点だけ調査が行き届かず、そのために文が書けなかったのです。それはかつて種痘が義務として行われていた時代、子どもはいったい何歳でこれを受けたのかということです。

 今日、たまたまそれを見つけたのですが、第1期が生後2〜12ヶ月、第2期が小学校入学前6ヵ月なのだそうです。

 種痘自体は日本の場合1976年に中止され1980年に正式に廃止となりましたから、74年以前の生まれの人には種痘痕が確実にあり、75年~76年生まれにはあったりなかったり(75年生まれでグズグズしていた人にはなく、76年生まれであまりにも早くいった人にはある、といった感じ)、そして77年以降の生まれの人には確実にない、ということが言えます。現在の年齢で、35歳以下にはないということです(ですからこの付近の方は年齢を詐称する場合に気をつけましょう)。

 ただしここまで読んで何の話かさっぱり分からない人もいるかと思います。なにしろ「種痘」がなくなって35年もたつわけですから、そういうこともあるかもしれません。

 かつて天然痘という恐ろしい病気がありました。非常に感染性の強い伝染病で、発症すると高熱が出て全身に発疹が広がります。この発疹は臓器内部にも広がるため、多くは呼吸困難となり、場合によっては死に至ります。その致死率はおよそ40%。また運よく回復しても発疹の後は深い傷痕となって残ります。いわゆる“あばた”というものです。時代劇でときどき疱瘡(ほうそう)、痘瘡(とうそう)と言うのがこれで、例えば明治の元勲、大村益次郎なども典型的なあばた顔だったと伝えられています。

 その天然痘の非常に有効な予防手段として開発されたのが「種痘」です。ジェンナーは牛の伝染病である“牛痘”に感染した人間は天然痘にかかりにくい、という事実にヒントを得て、これを人に接種することを思いついたのです。
 言い伝えによれば、この時ジェンナーは自分の息子に牛痘を植えつけたということになっていますが、使ったのは実は使用人の子です。さらにここまでの話だとコイツは人でなしかという話になりますがそうではありません。すでにその7年前、実の息子に天然痘を植えつけて実験台にしてしまった(したがって免疫がついてしまった)ので、牛痘の実験には使えなかったのです。

 種痘の効果は抜群でした。この予防法は瞬く間に世界に広がり、そしてわずか200年足らずで、天然痘は地球上から消えてしまったのです。現在に至るまで、人間の手によって完全に制圧された伝染病は天然痘以外にありません。昨日はその第一歩が踏み出された記念の日だということです。

 種痘の作業自体はとても簡単です。長さ10cmほどの二股の針の先にワクチンを塗りつけ、それで二の腕の高い位置(肩に近いところ)に傷をつけるだけでよいからです。ただしそのあとは小さな火傷のあとように引きつるのが普通で、これが種痘痕です。私にはあります。

 なお、今回「種痘」について調べていていくつかの新しい発見がありました。
 ひとつはジェンナーが牛痘で実験するはるか以前から、天然痘患者の膿を接種するという方法で免疫を獲得するやり方が広く行われていたということ。
 牛痘はやがて、「天然痘ウイルスをウサギの睾丸を通して弱毒化した後に、牛に接種する」という面倒な手続きをして作った「牛化人痘ワクチン」にとって代わられたこと。
 したがって軽度の発症をする場合があったということ。
 そしてそのようなワクチンによる発症例のうち、日本人としては最後の患者となったのは、後にオセロというお笑いコンビをつくる中島知子さんだったということ、などです。