カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「スーパー・ムーン、ミザリー・ムーン」~私の月の絵がさらし者になった日

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5月5日から6日にかけての月は普通の満月より14%大きく30%明るいスーパームーンだったそうです。ただし5日の夜は雲が多く、月は雲間に出たり入ったりして大きさも明るさも十分確認できませんでした。

 ところが昨晩は月の出のころ、全天に雲ひとつなく、大きな月が煌々と光って見えました。その明るさは、月の光で万歩計の文字が読めるほどでした。

 さて、
 月と言えば、私には悲惨な思い出があります。それは小学校の4年生か5年生の時のことです。

 理科の時間に「月にはウサギはいるか」という問題が出され、クラスでも名うての論客だった私は、
「月にはおそらく空気はないし、食べ物になる草もなさそうだから、きっとウサギはいない」
(今から考えると、この段階ですでに筋を外していた)
「ただ月の模様がウサギに見えるだけだ」
とか偉そうに発言していたのです。そこで担任の提案で、実際はどうなのか、「今日はたまたま満月だから」(と担任は言った)みんなで観察しよう、という話になったのです。急な提案だったはずなのに、なぜか準備よく、大きな円の描かれたB6くらいの画用紙が配られます。それが宿題でした。

 ところがその日、私は宿題のことなんかすっかり忘れてグースカ眠ってしまったのです。
 翌朝それに気づくのですが後の祭り、ただし私は「月の模様がウサギに見える」ことに確信を持っていたので、「餅つきをするウサギ」の絵をさっさと描きあげると、得意でそれを提出してしまいました。ところが・・・、

 理科の時間に黒板に張り出された絵で、ウサギが描かれているのは1点(つまりわたしのもの)しかありませんでした。おまけに担任は、あたかも私の絵が存在しないかのように授業を進めます。
「こうして見てみるとウサギに見える絵は一つもないですよね」
(をい、あるダロ。左下のオレのやつ、スゲー立派なウサギ・・・)

 しかし授業が終了した後は、逆に私の絵はとても大切にされます。私以外のクラスメイトの絵はすべて教室に張り出されたのに対し、私の絵一枚は、名前つきで廊下に張り出されたのです。しかも参観日も含め、丸一ヶ月、廊下に放置です。

 私も悪いが、
 昔の教師はずいぶんえげつないことを平気でやったものです