カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「他の学校が叱られて、私の学校が引き締まる」~修学旅行の思い出③

 旅館が貸し切りの場合はいいのですが、二校・三校と入っている場合はどこの県と一緒になるかは案外深刻な問題です。学校教育の在り方は都道府県によってずいぶん違いますから、うっかりすると宿舎内で自分の学校はそっちのけで、他校の生徒の指導をやらされたりすることもあるのです。旅館内くらい少しはハメを外してもいいと考える学校もあれば、本県の学校のように絶対許さないところもあります。その差は案外大きいのです。

 奈良の薬師寺で説明の順番を待っていた時のことです。薬師寺の説明はテントの下に生徒を並ばせ、その前で若いお坊さんが台の上に立って行うのが通例で、私たちは少し離れたところで待っていました。説明を受けていたのは態度の悪い学校で、後ろの方の子はしゃがみこんで坊さんに背を向けています。職員も指導しきれないのでしょう、何も言わず黙認状態です。すると突然、台上のお坊さんが、
「オイ! そこの!」と叫びます。
「お前ら、そこで何やっとるんじゃ!」
 すると後ろでしゃがみこんでいた生徒は、よせばいいのにこうつぶやいたのです。
「いいじゃねえの、金、払ってるんだから」

 これだから世間知らずは困ります。その瞬間お坊さんが台から飛び降りてきて、生徒の列をかき分けながらまっすぐ一番後ろまで走り、猛烈な勢いでどやし上げ始めたのです。何と言っていたのか思い出せませんが、とにかく人間の口というものはこれほどの言葉を、繰り返しもなくここまで話せるものかとびっくりするほどの量でした。「罵倒」という言葉がありますが、まさに罵り倒す感じです。

 担任とおぼしき人が割って入ろうとしても、校長らしき人が取りなそうとしても「これは人間と人間との問題じゃ!」とか言って譲りません。最後にようやく件の生徒が半泣きになって「申し訳ありません」「許して下さい」と謝って初めて納まりました。

 そして次が私の学校の番。お陰で私の生徒たちはテントの下で全員直立不動、しっかと顔を上げて目は怖ろしいほど真剣にお坊さんの方に向けられていました。以後、すべての寺院で真摯な見学態度が見られました。

 例の学校の生徒はその後態度を改めたのか―

 実はまったく改まらなかったようです。私たちは奈良に一泊して翌日京都に入ったのですが、その夜、薬師寺で見た学校が同じ宿舎だったのです(私は気がつきませんでしたが、生徒が目ざとく見つけて、肩に縫い付けたリボンから、昨日薬師寺で怒られた学校と同じだと教えてくれました)。一晩じゅう他校の生徒指導をさせられたのはその時のことです。私の学校の生徒たちは、坊さんに楯突くようなチンピラ中学校と関わってはたいへんだとばかりに、一晩中いい子で部屋の中にいました。

 可愛いものです。