「愛の自転車操業」~愛する者を傷つけてはあとから補修する日々

 どうして人間はここまで残酷になれるのかと切なく不思議に思うことがあります。

 例えばかつての教え子に、本当に自己効力感が低く自信のない女の子がいましたが、この子は実力より2段階も低い高校を選択してそれでも自信がなく、怯えながら受験に向かう玄関で、母親からこんな言葉をかけられています。
「なによ、あんな程度の高校受けるのに、震えてるの?」
 これでは自己効力感など育ちようがありません。

 また別の子は、可能性がないと思っていた大学進学を許され、嬉しくて母親に頭を下げたところ、
「いいの、あんたから預かったお年玉は全部使うから。足りない分はあとで返すのよ」
 お金を返すなどということは本人が予め考えていたことです。それを親から切り出されては立つ瀬がありません。
 二人ともその後長く病院通いを続けることになります。

 そうかと思うと言った親の方が傷ついて、必死にフォローしている場合も少なくありません。家庭の中は遠慮会釈のない世界ですから、そんな世界で気を許しているうちに言わずもがなのことを口にしてしまい、慌てて補填しようとするような場合です。
 そんなに切ない思いをするなら最初から言わなければいいようなものですが、それを言わないで済ませることはやはりできない、言っておいて後悔する。後悔し反省して償いをする。その永遠の繰り返しです。これでは『愛の自転車操業』です。

 こうした悪循環を断ち切る方法は二つしかありません。
 ひとつは怒りにまかせて言ってはいけないことを言ってしまう自分を変えることです。しかしこれは困難でしょう。

 もうひとつは前もってたっぷり時間と愛情をかけ、豊かな親子関係を築いておくことです。不用意な言葉が傷とならないような、厚い被覆を張り付けておくのです。
 どんな親子関係であってもいつか傷つけあう日は来るものです。その日に備えて、常にたくさんの愛情をかぶせておくしかありません。