カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「人生のサイクル」~人間には、平均的な人生の流れというものもある

 先日、昔お世話になった校長先生の葬儀に行ってきました。私が結婚した時の校長で、結婚に関わってだいぶ迷惑をかけたので、遠いところでの葬儀でしたが、行く必要があったのです。

 この校長先生にはひとつの思い出があります。それは退職された年に、いわゆる“囲む会”があって、その中で語られたことです。酔いもだいぶ進んでからのことですが私をそばに寄せ、
「Tさん、オレは自分の子育ても終わって仕事も定年退職で失い、自分が打ち込んできたものがみんななくなってしまって、『ああ、これでオレの人生も終わりだ、楽しいことは何もなくなった』と思った時・・・人生ってよくできてるもんだね、そんなときちょうど孫が生まれるんだよ。その孫の顔を見て、もう一度、生きなおそうっていう気になるんだ、これが」

 葬儀の中で弔辞が読まれた時、その最後に立ったのが一番年上のお孫さんでした。年のころは二十歳くらいの女性で、これが元校長の語った“孫”なのかもしれないと思いました。ずいぶんかわいがられた様子で、そのことを話す声が震えだすと、私たちも思わず涙を誘われる感じでした。

 世の中はたしかにそんなふうにできているのかもしれません。
 結婚適齢期という言葉も死語になりましたが、女性が23〜24歳、男性が27歳〜28歳くらいの時に結婚し、1〜2年後に最初の子どもをもつとその子が18歳の時、両親ともに40代後半ということになります。それから12年かけて3人の子どもの大学生活を支え切るとちょうど60歳、定年退職となるわけです。 

 たぶん“適齢期”がほぼ守られていた時代に、社会のサイクルがそれに合わせてつくられたのでしょう。もしかしたら逆で、社会的サイクルに合わせて“適齢期”が生まれてきたのかもしれませんが結論は同じです。
「社会のサイクルに合わせていれば、生きやすい」

 私は結婚が遅かったので少し厄介な流れの中にいます。子どもに一番お金のかかる時期が定年に引っ掛かり、しかも介護の問題もかぶさってこようとしているからです。しかしいまさらやり直しのきくことではありませんから、何んとかやって行くしかないでしょう。たぶんなんとかなります。

 自分はそうしてこなかったのに子どもたちに言うのも問題あるかもしれませんが、自分の子や児童生徒たちには一度くらい人生のサイクルの話をしておくのも必要かと思います。分かっていて無視するのはよいのですが、知らなくてあとで慌てるのは好ましいことではないからです。