「縁故ネット・コネネット」~昔のセーフティネットについて

 老舗出版社の岩波書店が2013年度の定期採用で、応募資格として「岩波書店著者の紹介状あるいは岩波書店社員の紹介があること」とホームページで告知しました。このことが「縁故採用宣言」としてマスコミで報道され、話題となっています。

 岩波くらい有名な出版社となると、わずか数名の採用に対して千人単位の応募があり、採用選考自体が一大行事となって業務に差し支える、何らかの足きりが必要、ということのようです。分からないでもありません。しかし足きりの方法が大学指定とか、一斉テストとか、抽選とかではなく、昔ながらの“紹介”というのがなかなかユニークです。

 民間企業にはさまざまなやり方があって縁故を認めるもの、認めないもの、さらには社員の家族は受験できないといった“逆縁故”みたいなところもあるみたいですが、“縁故”を公言する企業は少ないのです。

 大昔は公務員の世界も相当に縁故採用があったらしく、先日、母と話していたら、「(母の)大叔父の○○さんという人は大変な力があって、戦争から帰って仕事のなかった義兄さんも、△△さんも、□□さんも、みんな大叔父さんのおかげで市役所に入った」と言っていました。まるっきり歴史の話です。

 かつて官僚になりたければ東大、マスコミなら早稲田、財界なら慶応といったふうに大学が大雑把に色分けされていた時代があります。そのころの一橋大学は「財界で生きたい普通人の大学」といった言われ方をしています。“普通人”というのは「社長の息子ではない」といった意味で、要するに「足がかりのない人が財界に生きようと思ったら一橋大学がいいよ」といった感じです。
「失業しても一橋のOBだったら、同窓会に顔を出すだけでいい仕事にありつける」といった噂話が、まことしやかに語られていました(今は違うと思いますが)。

 大昔やっていた映画の「社長シリーズ」の中でも、主人公たちは会社を追い出されたりクビになったり、あるいは会社そのものが倒産して職を失うと、まず最初に行くのは「職安」ではなく、“友だち”のところです。
「オレ、会社、クビになっちまってな、何とか仕事を見つけてもらえんかな」
 それで何とかなるのです。

 そうした人間関係は、現代の用語で言えばセイフティ・ネットです、落ちたときに救い上げてくれる安全の網です。

 “縁故”が厳しく制限されてから、日本人はそうした形のセイフティ・ネットを根こそぎ失ってしまいました。ですから大企業をクビになった人が、半年後には路上生活者になっているといった極端なことが頻繁に起こります。途中で止まるということがないのです。

 私にしても畑違いの友人が何人かいますが、現在の職を失っても彼らのところに行くことはないでしょう。頼んでも彼らが応えられないことを知っています。

 “縁故”だの“コネ”だのといった、多くの場合は個人の持ち物ではなく、親や家族の財産を利用した就職というのは“悪”です。“悪”だから排除されてきたのですが、“悪”がなくなったらみんなが幸せになったかというとそうでもありません。

 みんなが公平に「一度階段を踏み外すと一番下まで落ちてしまう社会」、それでいいとはとても思えないのですが。