「学校を多忙化する学社連携」~学社連携について④

 1995年の中教審答申によって示された「子供たちの教育は、単に学校だけでなく、学校・家庭・地域社会が、それぞれ適切な役割分担を果たしつつ、相互に連携して行われることが重要である」の理念を、「学社連携」といいます。その中心的課題は「開かれた学校」と「学校のスリム化」でした。その方針に従って2002年から新しい指導要領による学校教育が始まると、この試みは最初から頓挫してしまいます。いまさら子どもを帰されても、家庭も地域も困るのです。

 休日となった土曜日、家に保護者のいないいわゆる留守家庭は地方公共団体学童保育の充実を求め、あるいは公民館に無料の活動を求めたりしました。つまり公(学校)の引いた空隙を公(学童保育や公民館活動)によって埋めることを要求したのです。

 学校は「開かれた学校」の理念にしたがって活動の様子を知らせようと「学校だより」の全戸配布などを決めますが、これも配布主体の区長会などから拒否されたりします。とにかく市町村からの配布物が多すぎたのです。

 また、鳴り物入りで始まった学校評議員会もやってみれば区長会長や児童民生委員の充て職となり、年に数回、会って雑談をする会となってしまいます。不登校・非行・学力問題といったそのときどきの教育問題には興味はあっても、その学校がどういう教育方針をもって何をしようとしているのか、地域の教育的課題は何かといった具体的な問題となると、相当足しげく学校に通っていないと分からないからです。

 学校ボランティアの方はさらに厄介でした。学校が必要とするボランティアに応じてくれる人がほとんどいなかったのです。

 部活について言えば、理想的なのは「早朝の畑仕事を終えて7時30分からの朝部活の指導に学校を訪れ、夕方また4時から6時半くらいの部活の指導をしてくれる、土日もいとわない何らかのスポーツの専門家」ですが、そんな人は日本全体でも数えるほどしかいません。そこまでは言わなくても、土曜日か日曜日を全面的に見てくれる専門家を野球やテニスなど、部活の数だけそろえることも不可能でした。

 もちろん運の良い学校の運の良い部活は、そうした外部コーチを迎えいれどんどん強くなっていきます。学校とは切り離された社会体育として、時間無制限でほんとうの専門家が行うのですから、強くなって当然なのです。すると他の学校の保護者も黙っていません。自分たちも子どものために社会体育を立ち上げるということになるのですが、専門家を探せないことでは学校と同じです。結局は部活の顧問を頼り、部活の顧問をコーチとして社会体育を創設してしまいます。

 学校スリム化して教員の負担は減るはずだったのに、部活担当者は土曜日は部活顧問として、日曜日は社会人コーチとして、まるまる縛られることになります。もしかしたら「学校五日制」を「週休二日制」と言わなかったのは、「学校は五日だよ。しかし教員は七日勤務だ」、そういう意味だったのかもしれません。

 部活顧問の例は象徴的なものですが、「学社連携」は学校の多忙に拍車をかけました。連携といっても主体は常に学校にあり、学校を開くこともボランティアを募ることもそれらを維持することも、すべて学校が行わなければなりませんから多忙になるに決まっているのです。

 しかしそうであるにもかかわらず、ここにきて、私は学社連携を否定的にとらなくなっています。それについては来週お話します。