長かった一学期が終わります。
この一学期は私にとっては格別のものでした。これまで私は教育を児童生徒の自己実現の道具のように考えていました。その子の持てる力を十二分に引き出し、満足のできる心豊かな人生を送らせるための道具、それが教育なのだと思っていたのです。しかし3月11日以来、私は考えを改めました。私は世の中のために役に立つ子どもを育てたいと思うようになったのです。
そもそも教育基本法には、
第一章 教育の目的及び理念
(教育の目的)
第一条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
とあり、教育を個人のものと考えている様子はありません。そうではなく、教育は国家や社会に有用な「国民の育成」を目指すものだとあるのです。教育が個人のものなら、ここまで莫大な予算をつぎ込むこともないのです。
なでしこジャパンの優勝のとき、岩清水梓選手が広げた日の丸にはこう書かれてありました。
『東北のみなさん
忘れたことはありません。
いつも自分にできることを考えています。
今回「良い結果を届ける」その一心でした。
メダルを持ってみなさんのところに会いに行きます。
待っていて下さい。
応援ありがとうございました。
共に歩もう! 東北魂!!』
私が育てたいのはこうした熱烈な想いを持った子、郷土そしてこの国を恋人のように愛せる子です。
ケネディはその就任演説で、
「祖国があなたに 何をしてくれるかを尋ねてはなりません。あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」
と言いました。それは一見、国家主義に通じると思える言葉かもしれません。しかし本当の愛国者は、政府によって国家が悪しき道を進み始めたら全身で阻止する者です。そうした意味も含めて、私は世の中の役に立つ子を育てたいと願うのです。
そのために何をしたか。
今学期はそうした想いを温めているだけでした。しかし二学期は、二学期には、私なりの答えを出したいと思っています。
一学期間、ありがとうございました。