「放射能の話」~実は科学者もまったく分かっていない部分がある

 3月11日以来、いつもは買わない週刊誌を時々買って眺めることが多くなっています。政局と福島第一原発に関する記事を読むためです。
 しかしそれにしても、鳩山さんではありませんが、そうやって「学べば学ぶほど」分からなくなるのが「放射能の危険性」という問題です。

 例えば「週刊文春」などを読んでいると政府も東電もウソばかりついていて、既に日本は放射能まみれになって民族として絶滅の危機に瀕しているような気になりますし、「週刊ポスト」を読むと放射能なんてまったく問題ない、高度汚染水1ℓ飲んだってへっちゃらと(そこまでは言っていませんが)、そんな気になってきます。放射能の危険性などという純粋に科学的な問題で、日本を代表する週刊誌がこうも正反対のことを報道していいものか―
 ところが先日、あるテレビ番組を見ていたらこれについての明確な発言があり、とんと腑に落ちました。

 放射能の危険性という問題について、科学者はまったく意見の一致ができていないのです。

 もちろん1Sv(シーベルト)だと吐き気など急性症状が出るとか、7Svだと人間は助からないといった大量被爆の場合は一致できるのですが、100mSv未満のところではまったく意見の一致をみない。

 ある人は、確率現象なのだからいくら被曝量が少なくても発病の確率が低くなるだけでゼロにはならないと言います。

 別のある人は、一定の量以下ではほとんど害がないと言う(その量を「しきい値(または閾値)」と言います。満腹になるまではいくら食べても何の影響もないが、満腹になったところから食べる量は身体に深刻な影響を与え始める、そんな感じです)。

 さらに別の人は極微量ならばかえって細胞を活性化すると言い(ホルミシス効果ラドン温泉の例など)、それぞれが自分の都合の良い数値を出してくる、そういうことなのです。

 私たちには長崎・広島、チェルノブイリの経験があるだろう、そこで調べられた数値はどうなっているのだと言ってもダメです。それぞれが自説を補強する数値を持っています。

 そこでICRP(国際放射線防護委員会)は、一般人は1mSv/年、原子力関係の仕事に就いている人については20mSv/年(正確には5年で100mSv)を上限とすると定めたのですが、その数値に何らかの根拠があるわけではありません。妥協の産物であってそれぞれの説を否定したものではないので、週刊誌の記者は自分に都合の良い学者のところに行けばいくらでも記事が書けるのです。
 それが「週刊文春」と「週刊ポスト」の違いです。

「疑わしきは罰す」という論理からすれば1μSv(マイクロ・シーベルト)も浴びないのがいいのですが、日本に暮らしているだけで年間0.81〜1.19mSvの自然被爆があるとか、レントゲン撮影をすれば0.1〜0.3mSvの被爆だとかいった話を聞くと、放射能に怯えて生きるのもバカらしくなります(私なんか昨年、2度のCT撮影で20mSvも浴びてしまい間hした)。
 しかし本気で恐れ怯えている人がいる以上、おろそかにしていい問題でもありません。

 どうしたらいいのか、困った問題です。