座右の銘

 生徒会新聞に載せるので座右の銘を書けという話がありました。私は迷わず、

「命までは寄こせといわないでしょう」と書きました。

 30年近く以前、私よりずっと若い教師に教えられた言葉です。

 初任のクラスが大荒れに荒れて死ぬほど苦労しているとき、隣のクラスで飄々と学級経営をしている才能ある教師がいました。

 彼は新任2年目でしたが、この人を見ていると、教師はつまるところ才能だと考えざるをえない気がしてなりませんでした。人格とか努力とかいろいろ言っても、結局才能のある人にはかなわないということです。

 とにかく我がままで身勝手、ガキ大将がそのまま大人になったような人ですから生徒の中に入っても誰にも負けたくない。クラスマッチでも合唱コンクールでも1番でないと気がすまない(だからそれなりの努力もする)。その上とにかく他人、特に生徒の言うことを聞かないので生徒の方が諦めきってしかたなく合わせてくれる。

 怒りや苛立ちがすぐに顔に出るのでいつも顔色をうかがっているのですが、同時にジャイアンみたいに単純で面白いところもあるので生徒から妙に人気がある。特に女の子に人気があり、中学校の場合、担任が女子から承認を取り付けたらたいていのことはうまく行きます。不思議なことに(というか、むしろ当然なのかもしれませんが、)大人の女性からもよくモテました。

 仕事も努力も(どんなに低く見積もっても)彼の3倍はやっていたのに、私の方はさっぱりうまく行かず、女性にモテることはありません。

 ただしとにかく好き勝手をやっていますからうまく行かないこともあります。しばしば仕事が遅れる、手順を間違える、とんでもない思い違いをしてミスを犯す、そういったことも再三です。そのたびに学年主任に叱られて「すみません」と謝るのですが、

「『すみません』『すみません』と言うだけで、オメエェはちっとも直らないじゃねえか」

とさらに怒られ、止せばいいのその怒りにも「すみません」と答えてまた叱られたりもします。

 その上で学年主任の席から離れるとまた小さな声で「担任が『すみません』『すみません』と言っているだけで済むのなら、まだマシだな」などと言っているのですから大したものです。

 その彼が、何か大それたことをしようとするときや失敗したときに呟くのが、この「命まで寄こせとは言わんでしょ」でした。

 いい加減な人には教えられない言葉ですが、教員はたいていが真面目すぎたりものごとを重く受け止めて失敗したりすることが多いですから、私は何人かの人にそう言って励ましたりしました。もちろん自分にはしょっちゅう言っています。

「(うまく行かなくたって)命まで寄こせとは言わんでしょ」