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「ある家族の物語」~横浜で殺された女性の、ありふれた家族の話

 23日月曜日の夜、横浜のホテル街で25歳の女性が殺されました。マスコミでは職業不詳といっていますが、実際は風俗関係の人です。つい3年ほど前は大学生でした。

 身長が182cmと極めて高く、学生時代はバスケットボールプレーヤーとして活躍して2007年の国体選手にも選ばれています。卒業の時には教員になりたいといっていましたがいつの間にか風俗関係に仕事を求め、その方面ではけっこう有名な人だったようです。

 父親は自衛隊員でこれも186cmの高身長、母親も170cmを越えるという高身長一家で、二人の兄弟(弟と妹)は今も大学のバスケットボールチームで活躍しています。子煩悩な父親で、三人の子どもの「追っかけ」をしているうちに自分もバスケットボールにはまり、ここ10年ほどはミニ・バスのコーチまでやるようになっていました。その方面でもとても熱心な方です。

 さて、そうは言っても市井の人々でしかないこの家族について、私がなぜこんな細々としたことを知っているのかというと、それは父親のブログを読んだからなのです(現在は実質閉鎖中)。

 私はちょっとした勘違いから被害者の名前(とても珍しい名前だったのです)をグーグル検索にかけてそのブログを拾い出しました。しかしネット上の幾多の探索者たちはもっと熱心でした。事件からいくらも経たないうちに東京の風俗店の従業員と被害者を結びつけ、おそらく家族も知らなかったその生活を炙り出してしまいます。

 182cmという身長や珍しい名前、さらに国体出場経験といったキーワードを繋げていくと、すべてがあっという間に結びついてしまうのです。父親も不用意に子どもの本名を載せていましたし、事件の翌日には「娘が殺されました」などと書き込むのでひとたまりもありません。さらにたちの悪いネットユーザーは自分たちが掘り出した事実を父親のブログに書き込んで辛い現実を突きつけます。

 私がこの件を通じて感じていることは二つです。

 ひとつは言うまでもなくネットの恐ろしさです。個人情報は本名も身長も具体的な行動も、何ひとつ出してはいけないということです。ツイッターに「〇〇駅なう」と書いただけでも個人の足取りを探られる可能性があります。

 もうひとつは子どもの心の闇といったものについてです。
 バスケであれほど輝いていた子がどういう経路をたどって風俗店に流れ着いたのか、バスケ以外の華やかさや軽さとは全く無縁に過ごしていたはずの子が一気にその世界に流れ込むのに何があったのか、ということです。

 父親のブログからは、そうした娘の葛藤はほとんど見えてきませんし、親子の間に深刻な問題があったようにも見えません。あるのはただ、バスケ、バスケ、バスケです。
 娘はどんな思いで日々を暮らしていたのか。

 ブログの記述から見る父親は異常なほど子煩悩で教育熱心な人です。職務にも忠実である上に信念に基づく生き方のできる人でもあります。大学に進んだ娘のためにアパートを借りて一緒に暮らしたり、すべての試合に顔を出して真剣に応援したりと、ほとんど理想的ともいえる父親で親子関係もどこにも問題がないように見えます。しかしそれにも関わらず、実際には娘の何も分かっていなかったのです。

 私も子煩悩ですし子どもとはよく話をします。その生活の細々とした事実は知りませんが大枠としては把握しているつもりです。その意味では被害者の父親と同じです。そうした私の子が、同じように私のまったく知らない生活や顔を持っているとしたら。
 それこそ「そんなことまで考えていたら何もできん」というような話ですが、こころの片隅には置いておかねばならないことなのかもしれません。