カイト・カフェ

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「いじめって言うな」~いじめと名付けるだけで、個々の事情が一色になってしまう

 言葉には魔力があるのである事象を表す言葉の選択によっては本質を外してしまうことがあります。例えばある女性を「美人」と表現するか「佳人」と表現するかでは、イメージがまったく異なります。

 その意味で、以前取り上げた文科省のいじめの定義は、子どもどうしのトラブルを一切合財「いじめ」のひとことに封じ込めてしまうので厄介です。

 例えば1994年に愛知県で起こった(いわゆる)「大河内清輝君いじめ自殺事件」は今調べてみるとどう考えても恐喝事件です。清輝君が暴力を振るわれ続けたのもやれば金が出てきたからであり、自殺に追い込まれたのも結局は要求に応え切れなかったためです。

 それに比べると1986年に起こり『葬式ごっこ』で有名になった(これもいわゆる)「富士見中学いじめ自殺事件」の方が遥かに理解しにくく、こちらの方は「いじめ」という言葉以外で表現するのは難しい事件でした。
 この二つを同一視し、大河内君の事件も「いじめ自殺事件」としたことで問題はずっと複雑になったのです。

 もうひとつ。
 これは私が実際に関わった事件ですが、よくあるクラス内の女の子の諍いに端を発したものです。

 5年生のあるクラスに教師に従わない8人ほどの女子のグループがありました。そのうちNo.1の子が腰巾着のNo.2の子を遠ざけます。するとグループ全体からNo.2の弾き出されてしまったのです。そのうち元No.2は学校に来なくなり、担任では埒が明かないと思った保護者が校長室に駆け込みます。

 ちょうど前述の文科省の規程ができたばかりのころで、校長もうっかり「この規程に従えば、『いじめ』と認めざるを得ません」などといってしまい、そこから一気に問題が難しくなってしまいました。

 私は事件から3ヶ月ほど後にその学校に赴任して指導に関わりましたが、とにかく誰に聞いても何があったのか分からない。暴力はもちろん言葉で威圧した様子もありません。

 被害者本人に訊くと「仲間はずれにされた。無視される。睨む」。No.1の子に訊くと「だってあの子、ワガママでイヤなんだもん。私が仲間はずれにしたわけじゃない。私が嫌いになったら(グループの他の)みんなも嫌いになった」。グループの他の子に訊くと「前からイヤだったけど(No.1が保護していたので)我慢してきた。でも我慢できなくなった」と言います。

 結論的に言えば、この子たちの言い分は全部その通りでした。グループ内の力学でそういう状況が生まれただけなのです。

 この場合“被害者”の子はグループに侘びを入れて態度を改め、No.8くらいからやり直せば良かったのです。あるいは学級内の別の場所に行ってそこで生きる道を発見しても良かったはずです。しかし“被害者”はNo.1の子に未練がありNo.2の座にも未練がありましたから、そんな面倒なことはできません。その上で「私はいじめられた、原状回復をせよ(No.2に戻せ?)」ですから話にならないのです。(もっともこの事件に際して、女の子たちはひとつだけ本当のことを隠していました。それは「みんなNo.1にもウンザリしている」ということです。のちに中学校に進学してからNo.1も弾かれますか、そのとき元No.1はいじめられたとは言わず、「私がやりすぎた」と言って騒ぐこともしませんでした)。

 一般に「いじめだ」と訴えられる事件の中から「正常な人間関係のトラブル」を外すと相当な数の「いじめ事件」が消えてしまいます。そしてそこから「恐喝」を除けばさらに数は減ります。本当に厄介ないじめ事件なんてそうはないのであって、まずは「いじめかどうか」という認定作業を丁寧にやって了解しあわないと結局は泥沼にはまってしまいます。