カイト・カフェ

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「父の肖像」~言外に”愛”を伝える難しさと、その価値

 文化の日の早朝、何の気なしにNHKテレビをつけるとの佐々部清さんという映画監督が、自身の作品について語っていました。「半落ち」の監督さんだそうです。ただし私はこの監督の映画を一本も観たことがなく、名前にも記憶がありませんでした。その監督のお話の中に、印象的な二つのことがありましたので紹介しておきます。
 ひとつは「チルソクの夏」(2003年)という映画の一場面です。

 主人公の女子高校生は走り高跳びの選手で、スポーツを通じて大学進学を果たそうとしています。ところが様々な事情から記録が伸び悩み、意欲を失った主人公はある日部活をサボって早く帰宅します。その道すがら、家の近くで父親とすれ違うのです。そのとき父親がちょっと足を止め、「おう、今日は早いな」と言い「大学に進学するんだろ。ウチには金はないからな」と続けて返事も聞かずにまた歩いていってしまうのです。残された娘は父親の背中を見送りながら、フッと薄く微笑みます。

 佐々部監督はこの場面を撮り終えたことで、映画監督としてやっていく自信を持ったと言っていました。

 実際にその場面を見るとよく分かるのですが、娘の薄い微笑みには、迷いから一瞬のうちに救い出され、明日からはがんばっていこうという自信が窺えます。女優というのはほんとうにすごいものだと思わせるような、絶妙の微笑です。

 しかしこの場面の「ウチには金はないからな」は、安易に使うことのできる言葉ではありません。娘の側に“父は私のことをいつも温かい目で見ているはずだ”といった確信がなければ、「がんばれ、見守っているぞ」の意だとは感じられないでしょう。父親にしても“多少ひねった言い方をしても、この子はオレの気持ちを受け取るはずだ”という確信がなければ使っていい言葉ではありません。失敗すれば単に見放したことにしかなりません。場面は、そうした父娘の強い絆を、一瞬で表現したものだといえます。

 もうひとつ印象的だったのは「出口のない海」(2006年)の撮影のときの話です。「出口のない海」は第二次大戦中の人間魚雷「回天」に関わる戦争映画なのですが、山田洋二郎という偉大な監督に脚本を書いてもらい、戦争を知らない自分が戦争映画を撮る、という2重のストレスに監督はずいぶん悩んだそうです。そんな悩みを抱えたまま出かけた回天記念館(山口県周南市)で、監督は18歳の青年が父親にあてたたった2行の遺書に出会い、それがこの映画のモチーフになります。それは、
「お父さん
 お父さんの髭は痛かったです」
というものです。

 さまざまにイメージの浮かぶ言葉です。しかしこの子は小さな頃、何度も何度も、幾度も幾度も、父親に抱かれ頬を擦り寄らせてもらったと、そのことは誰の目に明らかでしょう。
 父親のほんとうに愛されていた自分を、その子は忘れないでいたのです。