金があるのではない、無知と多忙のためだ

 15年前に家を建てて現在の場所に移り住みました。それまでは○○市にいてそれでこちらに家を建てるわけですから当然人事がからみ、だからこそ家を建てること自体、他人には相談することができませんでした。

 家というものは安い買い物ではありません。ですから十分に研究を積み、たくさんの人と相談しながら進めるべきものでしょうが、前者についてはとにかく忙しく、後者については前述の理由から、両方とも十分なことをしないまま突入せざるを得ませんでした。

ところが実際始まってみると当初予定したのとはずいぶん事情が異なり、敷地の北半分の地盤が異常に弱いため追加工事50万円とか、裏に水道がほしいと言ったら追加になるので2万円とか、次から次へと膨らむ建築費に神経がボロボロになりそうになります。

 照明器具だとかカーテンだとか、すぐにも必要になるものに回す資金のことも考えると、気の遠くなるような話です。

「灯油タンクは大型にしますか中型で良いですか?」「中型でけっこうです」「そうですね。大型だとプールもつけなくてはなりませんから中型の方がよろしいでしょう」

「風呂の換気扇はロスナイにします?」「いや普通の換気扇でけっこうです」「そうですね。ロスナイはうるさいですから普通の方がよろしいでしょう」

「ドアホンはどうしましょう? インタホンにします? 普通のドアホン?」「普通のものにしてください」

とにかくこれ以上借金がかさむようではかないませんから、できるだけ安く安くと話を進めるのですが・・・

 実は、灯油タンクを大型にしても、換気扇をロスナイにしても、ドアホンをインタホンにしても建築費には何の影響もなかったのです。

 家の建築費というのはざっくり何千何百万円と契約するのであって、個々の設備機器などは一つひとつが枠内での交渉になります(私はそのことを、のちに学校の体育館建設に関わって知りました。ダメ元と思って要求したものが片っ端通ってしまうのです)。もちろんほんとうにダメなものはダメですが、業者は追加の要求や不測のことも見込んで建築費を設定しているので、言わないと損なのです。

 私はそうした無知と多忙のためにおそらくたいへんな損をしました。しかしそのことを知っても、さほどのショックも後悔もありませんでした。もともと金には無頓着な方ですし交渉ごとは嫌いです(だから教員になった)。そうした世間智があったとしても、部活や教材研究や生徒指導を犠牲にしてまで自宅の建設に時間やエネルギーを注ぎ込む可能性はほとんどありません。

 ショックを受けたのはそれから何年も経ってからです。

 ある学校で、元建設会社の社員から結婚退職し、今は図書館司書という珍しい経歴をお持ちの方と話をしたときのことです。話題が住宅建設の話に移りいろいろ話している最中にその方が、

「でも先生たちってお金あるんですね。前の同僚たちの話だと、教員はもう、こちらの言い値で出すって・・・」

 無知と多忙のために言いなりになってしまった私のような者のために、教員全体がこんな誤解を受けている、そう思うとほんとうに切なくなりました。しかしそれと同時に、言い値で払う教員たちを「金があるから」という方向でしか見ない世間の方もどうかと思いました。

 私たち教員が本気で児童生徒を愛し、子どもたちのために大真面目で膨大な時間やエネルギーを費やしているということが、世間の人たちには想像だにできないらしいのです。しかし理解されないからとあきらめるのではなく、私たち自身が声高に叫んでいかなければならないことなのかもしれません。