困ったヒーローたち

 アナキン・スカイウォーカー(「スターウォーズ」)とハリー・ポッターはここ十数年間に世界に躍り出た、二人のスーパーヒーローです。そしてとても似た性格をしています。二人ともカッとなりやすく、火がつくと周囲の静止がまったく耳に入らなくなってアナキンは自分自身を、ハリーは盟友を危機に陥らせてしまうのです。思うに、アメリカ人はこういうタイプの若者が大好きなのです。「スパイダーマン」のピーター・パーカーも「ターミネーター」のジョン・コナーもしばしばやりすぎたりします。

 一方、日本の映画でシリーズ物の英雄というと、「エヴァンゲリオン」の碇シンジ君とか仮面ライダー・シリーズの少年たちとか、やたら悩んでストーリー展開を遅らせたり仲間を犠牲にしたりする子が多いのが特徴です。実際にすごいのは主人公自身ではなく、彼らが乗り込む人造人間だったりロボットだったり、あるいは変身後のヒーローだったりするためかもしれません。

 さて日本映画のシリーズ物というと、アナキンたちとはまったく別タイプの、二人の主人公がいます。それは(唐突ですが)フーテンの寅さんと「釣りバカ日誌」のハマちゃんです。二人に共通するのは社会的枠組みがほとんど機能していないということです。

 寅さんは「ガマの油売り」や「バナナの叩き売り」のような口上が得意で反復行動が大好き。人から説教をされているにも拘らず状況が読めず、「それを言っちゃあお仕舞いだよ、」オイちゃん」とか言って逆ギレし、偉そうに相手に説教を垂れたりする。しばしば女性の気持ちを読み誤って失敗する。家族を振り回す。正義が相対的なものであって、他人には他人の正しさがあるということが理解できない。だから自分の正義を振り回す、そういう人です。

 一方ハマちゃんこと浜崎伝助君は、出世とか仕事といった世俗の価値とはまったく別の世界の住人で、相手が社長であろうがアメリカ政府の要人であろうがまったく意に介さない。これまたある種の人間を想起させます。

 寅さんの親戚だったりハマちゃんの上司や同僚だったりすることは、かなりたいへんそうです。しかしそうであるにも関わらず、日本人はこうした人たちが大好きなようなのです。

 私は日本人が寅さんやハマちゃんを愛して止まないことに非常に好感と期待を感じています。日本人が彼らを愛し続ける限り、寅さんやハマちゃんはいくらでも居場所を見つけて生きていけるからです。

 正直を言いますと、私自身はアナキンもハリーも寅さんもハマちゃんもみんな苦手です。できれば一緒に仕事をしたり近所づきあいをしたりといったことは願い下げにしていただきたい、そういう気持ちがあります。逆に碇シンジ君などは、映画の中に飛び込んでいって怒鳴りつけたくなることもしばしばですが、別に好きなわけでもありません。子どもだから指導する気になるだけです。

 ただし世の中にはたくさんのアナキンや寅さんがいてけっこう苦労していることを考えると、教師としてもう少しがんばってもいいな、という気持ちは十分にあります。