4・2・3制の勧め

「子どもは12歳を越えないと抽象的な思考ができない」それがアメリカの6・3・3制の根拠です。ところが1970年代に行われたアメリカ・イスラエル・日本の共同研究によって、日本の子どもだけが10歳を越えるころから十分に抽象的思考ができることが分かってきたのです。  それは先日お話した使い勝手のよい日本の文章表記のおかげかも知れません。あるいはまた、日本語の持つさまざまな特質のおかげかもしれません。  たとえば日本語の場合、主語のはるか先に述語がきたりしますので、こんな文章も作れます。 「担任のSuperT先生は、とても頭がよく、若くてさわやかで、ハンサムなばかりでなく、背が高く足のすらっと伸びた素敵な友だちを持っている」  結論から言えば「SuperT先生はそういう友達を持っている」というだけの話ですが、聞いているほうは頭の隅に最初から最後まで主語を保持していなければなりません。  脳の中で、メモ帳のように書き込んで記憶を保持しておく仮想の場所をワーキング・メモリというのだそうですが、こんなふうに、日本語は常に大量のワーキング・メモリを必要とする言語なのです。  さらにまた「日本語は曖昧な言語だ」という言い方もありますが、曖昧だということは、話を読んだり聞いたり心ながら常に「真の意味」「裏の意味」を読み続けなければならないということにもなります。厄介です。そして厄介な分、脳を鍛えます。  そうしたさまざまな事情により、日本人は自然に早期教育を受けている、だからアメリカやイスラエルの子どもよりも2年も早く抽象的思考を獲得できる。そう考えるのはあながち不自然ではありません(ただし、18歳くらいになるまでに他の国もあっという間に追いついてきますから、優位である期間はほんの短い間だけです)。 「日本の子どもは12歳ではなく、10歳を越えると抽象的な考えができる」というのは、私たちの実感にも合います。  5年生や6年生の算数では、具体物を動かしきれない問題が多数出てきます。欧米の小学校へ転校した子どもたちの話を聞くと、算数や数学は日本の方が2年ほど先に進んでいるといいます。それも先の説を補強します。  本校の児童は何か幼い感じですが、町場の5・6年生にはランドセル姿が異様といっていいほど似合わない子がたくさんいます。この子たち話をしているとどう考えても1・2年生(7・8歳)の子と同じ学校にいることの方にこそ違和感があります。むしろ中学生の中に入れた方がいい子たちです。  4年前、東京の品川区は小中一貫校日野学園を開校しました。ここで採用された教育課程は4・3・2制です。基礎基本の1−4年生、定着の5−7年生、発展の8・9年生という説明がなされますが、要するに最後の2年間は高校入試対応で区切られたものであり、基本は4・5制の義務教育です。  現行制度では日本は6・3制となっています。したがって普通の学校で日野学園のような4・3・2制を敷くのは極めて困難です。それよりは4・2・3制として小学校5・6年生を一歩大人扱いしてしまう、4年生以下とは指導の方針を変えておく、そういうことも必要なのではないでしょうか。  11歳・12歳の児童はどうしても小学校の枠で捉えがちですが、そうではないんだ、この子たちは半分中学生としてあつかっていいし、中学生のようにあつかえる子どもにしておかなければならないんだ、そう考えるとまた対応も違ってくるのかもしれません。