教師は愛している

 ある本の中で、評論家の尾木直樹が、「遠足にウチの子のお弁当を作ってくれ」と頼まれた担任の話を書いています。

 無体な保護者の要求に思わず

「それで作ったんですか?」

と尋ねるとその女性教師は

「ええ、作りました」

と答えます。さらに驚いて「何で作ったりしたんですか」と畳みかけると

「だって、その子、遠足に行けなくなってしまう・・・」。

 その時になって初めて、尾木はその担任がクラスの子を愛していると知るのです。

 尾木というのは教職経験のあることを売りにしている評論家ですが、教師が子どもを愛しているという事実を、その日まで知らなかったのかもしれません。

 先日、ある会合で酔ってロビーに出たところで運悪く、知り合いの市会議員をやっている男に捕まってしまい、そこでしばらく話をしました。そこで議員が盛んに不思議がるのは、

「先生たちはどうして親たちのあんな理不尽な要求を、まじめに聞くのですか」

ということでした。

 市会議員ですから、そうした情報は私たち以上に耳に入ってくるのです。こんな場合、世間の大方は教育委員会が怖いから言うことを聞くのだろうと思ったりしますが、そこは市会議員、教育委員会がそんなものではないことは百も承知です。だから不思議がるのです。

 そこで私はこんなふうに答えておきました。

『よく親たちは、「(学校に)子どもを人質にとられているから言いたいことも言えない」と言ったりしますが、担任も親に「子どもを人質にとられている」と感じているのです。

 教師は、子どもは親と学校が芯から手を携え、協力して育てていかなければ絶対にうまく育たないと確信しています。だから保護者とは絶対にケンカしたくないのです。親と決裂すると、その子に関するどんな教育も成り立たなくなります。どんな協力も得られなくなります。親とケンカしたことの不利益は、教師や学校が負うのではなく、その子が全身で背負わなければならないのです。だから担任はそうとうなところまで我慢します。理不尽を理不尽と跳ね除けることができないのです』

 議員は「そんなものですか」と、理解したようなしないような顔で去って行きました。

 教師が貴重な休日を、部活や各種競技会のために片っ端つぶしてしまうことも、夜遅くまで熱心に教材研究を続けているこことも、保護者からの電話が鳴れば何時間でも熱心に相談に耳を傾けることも、それらが仕事だからでも、金のためでも、ましてや出世のためでもなく、ただ、ただその児童生徒を伸ばしたいという愛情から出ているのだということ、それは世の中の人には呆れるほど理解できないことのようです。

 学校と世間の溝を埋めるのは、なかなか容易ではないのかもしれません。