あいさつの効能

 私の知る限り、挨拶の言葉は「無意味」という共通点を持っています。

  例えば、英語の「Good morning」、ドイツ語の「Guten Morgen」、フランス語の「Bonjour」、中国語の「早上好(ザオシャンハオ)」はすべて「良き朝」といった意味です。土砂降りの雨でも、夫婦喧嘩の最悪の日でも「良き朝」です。

  やたら理屈っぽい大陸の言語ですらこうなのですから、曖昧を旨とする日本語だとさらに無意味で、朝の挨拶は「おはようございます(朝、早いですね)」、昼は「こんにちは(今日は)」、夜は「こんばんは(今晩は)」、初対面だと「はじめまして(初めまして)」・・・ただそれだけです。「だから何だ?」とツッコミたくなります。

  なぜこれほど無意味なのかと言うと、これらはすべて会話の取りかかりだからです。取りあえず声を掛けあって、さあ次の言葉を待ちましょう、と言うことなのかもしれません。もちろん「次の言葉」はなくてもいいのであって、「おはようございます」だけですれ違ってしまう場合も少なくありません。しかしそのあと会話が続く可能性を示しておくというのは、とても大事なことのように思います。

  挨拶をされると気持ちが良いのは、たぶんそのせいです。「おはよう」と言うだけで、「ボクは君を受け入れるよ」とか「話しかけてくれていいよ」とか「今日一日、一緒にやっていこう」とかいったメッセージが一気に送られるのです。その面から言えば、極めて愛他的な行為です。
 学校や地域が「あいさつ運動」に熱心になる理由のひとつも、そこにあります。