マスクの民

 休み中の一番のニュースは、金曜日にカナダから成田に戻った大阪府立の高校生が新型インフルエンザに罹っていたというものでした。4月末、新型インフルエンザのニュースが世界を駆け巡ったときに、当該の高校生グループにもマスクが届けられたにもかかわらず、引率教員の判断で着用させなかったことに問題があると、一部の報道では言っています。

 しかし「現地の街が落ち着いていて、誰もマスクを付けていなかった。(マスクを付けると)違和感があるので付けなかった」という説明は理解できるもので、もし日本からの短期留学生だけがマスクをしていたら、かなり異様な光景だったはずです。

 「結果アウト」ですから抗弁できないにしても、誰がその場にいても同じ判断をしたでしょうから、気の毒と言えば気の毒です。

 しかしそれにしても、跳び抜けて大量発生しているメキシコは別にして、第2位のアメリカも第3位のカナダも、スペインもイギリスも、テレビで見る限りほとんど誰もマスクをしていません。白人はマスクが嫌いなのかな、と思っていたら韓国でもホンコンでもマスクをしていない。しているのは全部日本人です。私は「○○するのは日本人だけ」という言い方がとても嫌いなのですが、「予防のためにマスクをするのは、日本人だけ」というのは、もしかしたら本当なのかも知れません(テレビで、アメリカの医師が「アメリカ製のマスクはウィルスを通さないようにはできていません」と言っていましたが、いかにもありそうなことです)。

 さて、昨年あたりから花粉症のシーズンになると嗅覚に妙な違和感があって、昨年今年と2月いっぱいをマスク着用で過ごしました。明けて3月、その違和感は消えたにもかかわらず、何となくマスクが手放せず、必要もないのに2週間あまり着用し続けて、いつの間にかやめました。結局面倒には勝てなかったのですが、マスクを着けていると何となく安心な感じは残りました。

 日本人だけがマスクを着用する秘密の鍵は、その辺りにあるのかもしれません。顔を隠していると安心なのです。

 私たちはそれほどまでにシャイな民族なのかも知れない。私が今考えていることはそういうことです。

 もしそれが正しいとしたら、「もっと表現力を高めよう」とか「コミュニケーション能力を高めよう」とかいった私たちのスローガンも、考え直さなくてはならないのかもしれません。