後藤先生が「PRESIDENT」(12月号)の一部を見せてくださいました。『真のリーダーを育む「フォロワーシップ」とは』という文です。
それによるとリーダーシップの反対側に、フォロワーシップというものがあるのだそうです。リーダーシップを指導性と訳すなら追従性としか訳しようがないのですが、意味は違います。「PRESIDENT」の中から拾うと、次のような感じです。
少し前にNHKで人気番組だった「プロジェクトX」のエピソードの多くはリーダーシップ物語としてとらえられるが、見ようによっては、フォロワーシップ物語だ。多くのおじさんが涙するのは、リーダーの素晴らしさもあるがリーダーのビジョンを実現しようと頑張るフォロワーたちの姿だろう。日本企業がボトムアップで強かったというのも有能で健全なフォロワーが数多くいたからだと考えられる。
ただ盲従していくのではなく、リーダーやビジョンを的確に評価うる力をもち、いったん選んだら迷わずついていく力のあること、そしてついていきながらも批判できる冷静さもあること、それがフォロワーシップの真髄なのだそうです。
良くわかりますね。
ただし今日、そのフォロワーシップは全体として弱まりつつあるのであって、そこには①組織として大きな夢やビジョンが持ちにくくなった。②ついていく頑張りが評価されない。③職場でリーダーとフォロワーのコミュニケーションが減少した。④リーダーに魅力がなくなった、などの原因があると著者は言います。つまり結局はリーダーに戻っていくのです。
私は特に①と②に心惹かれました。
確かに天下国家を大上段に振りかざすような演説は聞かれなくなりましたし、成果主義は「頑張り」というそれ自体は値段のつかないものには見向きもしません。
バラク・オバマの演説が新鮮で人々を惹きつけるのは、やはり夢を語るからなのかもしれません。