学校の常識・・・(その2)


「学校の常識は世間の非常識」とか言って、例えば互いを「先生」と呼び合ったり、電話口で「○○先生はいません」と答えたりすることが槍玉に挙げられたりします。

 私は、先輩であろうが後輩であろうが、同僚を「○○先生」と呼び合う風習は美風だと思っていますし、校長や教頭で職員を(たとえ親しみを込めたとしても)「○○さん」と呼ぶ人は信用しません。学校はアカデミズムの場ですから、常に互いから学び合おうという姿勢がなくてはならないのです。ですからどんな場合にも、教職員は「先生」と呼ぶべきで、この点で社会の常識を学校に当てはめることには反対です。

 そもそも学校というのは非日常的、非常識的な場なのです。

 意図的に何十枚もガラスを割ったりしない限り、公共物を壊しても弁償を求められないのは学校くらいなものでしょう。友だちにケガをさせても治療費を請求されない不思議な世界です。

 いい歳をした大人(教員)を罵倒したり暴力を振るったりしても反撃されないのは学校の中だけです。大ケガをさせてもしばしば告訴されません。しかし同じ事を外ですれば、裁判どころか最悪の場合、殺されます。

 教職員について言えば、年休をできるだけ取らないのが美風とされる世界はそうはないでしょう。残業手当ゼロで果てしなく働くのが常識、という世界も多くはありません。

 昼食の時間に職場を離れ、社内食堂や外のレストランで食事をするのは社会では当たり前でしょうが、学校はその時間、教師がフォーク片手に、日記を読んだり宿題の丸付けをしたりしています。

 PTAという任意団体に、会費を払って強制的に入れられています。任意団体の活動ですから、そこでいくら働いても一銭にもなりません。もちろん保護者も強制加入ですが、保護者はすべてのPTA活動に顔を出すわけではありません。そして子が学齢期を過ぎると、自然にやめていきます。

 さて、学校の常識は社会の非常識と揶揄する皆様、これでも学校に社会の常識を当てはめようとお考えですか?

 年間20日余りの年休をしっかりと取り、勤務時間はきちんと守る。昼食は学校外のレストランに行ってしまう。

 PTA活動や防犯パトロールのような時間外労働にはきっちりと残業手当か代休を要求していく(文科省の試算によると、教員にきちんと残業手当を支払うと、3300億円の財政支出増になるそうです)。

 正直言って、私はその方がいいようにも思っているのですが・・・。