子ども時代の延長

 今日1月15日はかつての成人の日です。

 旧暦の小正月にあたり、平安時代以来、15歳になった男子はこの日に「元服」という儀式を行い、一人前の男と認められたようです。

 15歳といえばいかにも早すぎるようにも思えますが、奈良時代の班田収受の法でも男子は6歳になると土地を与えられ、一人の耕作者として働かなければならなかったのですから、それに比べたら15歳はむしろ遅いくらいです。

 そうした状況はヨーロッパでも同じで「〈子供〉の誕生」を書いたアリエスによれば、中世ヨーロッパには教育という概念も、子ども時代という概念もなかったといいます。7〜8歳になれば徒弟修業に出されて大人と同等に扱われ、飲酒も恋愛も自由だったのです。逆に言えば7〜8歳以前の子どもは動物と同じ扱いであり、現在でも乳幼児は英語の代名詞でItと呼ばれたりします。

 その後乳幼児と大人の間に「<子供>の誕生」があり、子供時代(=被教育時代)がどんどん延びていきます。

 私の父たちは高校を卒業できれば恩の字でしたが、私自身が高校生のころにはすでに、社会でひとかどの仕事をしようと思えば大学を出なくてはだめかな?といった時代になっていました。そしていまや、研究者になるつもりがなくても大学院や海外留学を考える時代です。

 子どもがいつまでも子どもっぽさを持ち続けている背景には、こうした事情もあるのかもしれません。

 

 ちなみに、明治維新の時、それぞれの有名人が何歳くらいであったか調べてみると、恐ろしく若いことに改めて気づかされます。

 井伊直弼 享年45歳

 徳川慶喜 将軍になった時が29歳、維新時で31歳

 勝海舟  44歳

 坂本竜馬 32歳

 西郷隆盛 41歳

 大久保利通 38歳

 吉田松陰 享年29歳

 いかに時代とはいえ、職員室の私たちと比べると、ほんとうに早熟な人々だったという気がしてきます。