樋口一葉というひとはたいへんな貧乏をした人ですが、かなり気丈だったらしく、担保もないのに金貸しの家につかつかと上がり込んだことがあるようです。「オレの妾になるなら貸してやる」と言われて激昂し、憤然と席を蹴って帰って来たりしています。明治の女らしい一徹な、いい話です。
その一葉が、苦労して集めてきた金を、母親が惜しげもなく他人に貸してしてしまうという事件がおきました。それを聞いた一葉は・・・
「お母さん、それはいいことをなさいました」
と答えるのです。明治初期の、まだ日本中が貧しかったよき時代のことです。
日本中が貧しかったから、貧乏はさほど苦になりません。みんなが我慢しているから我慢もつらくありません。そういう時代が、おそらく1970年代の初頭まで続きます。そしてやがて、我慢することがばかげた時代が来ます。消費が美徳とされる80年代です。
貧乏というすばらしい教師がいた時代、我慢を教えることはさほど困難ではありませんでした。
しかし我慢しないことが美徳とされる現代にあって、それを教えることは容易ではありません。そして今や、それを教えるのは学校だけの仕事になっています。
心して当たりましょう。