「信念をもってがんばろう!」~日本人の徳性は私たちが育てているのだ

 先週、高校2年生になったかつての教え子が、久しぶりに連絡をくれました。この夏休み、イギリスで開かれたボーイスカウト100周年記念大会(世界ジャンボリー)に参加して来たと言うのです。

 初めての海外で驚いたことがたくさんあったようですが、そのひとつはイベントのたびに、大量のゴミが地面に残されていることです。ペットボトルはもちろん、配布されたチラシ、ガムの包み、その他諸々が大量に息されているのです。集会のたびにゴミ袋を持って出かけ拾ってくるのは日本人ボーイスカウトだけ、そしてその姿を外国のスカウトたちが奇異な目で見ているというのです。
ボーイスカウトだろ?」
と彼は言います。環境保護などを盛んに学ばされているはずのスカウトですらこうですから、他は何をか言わんやです。

 阪神大震災の際、地区に一件の略奪もなく、住民が整然と行動したこと、その後、自主的なサポート組織が次々と立ち上がって避難所の活動などを支えたこと、そうしたことは世界に驚きの目をもって迎えられました。特に、それまでは地域住民としては目立たなかった若者が、積極的に働いたことは特筆すべきこととして伝えられたのです。

 これついて諸外国の研究者やメディアは日本の教育の成果と考えて、特別活動を重視し、当番活動や委員会の組織活動に小さなころから慣れ親しんだ結果だと分析しましたが、日本国内ではそのような反応はありませんでした。(「日本を滅ぼす教育論議講談社現代新書 岡本 薫 2006/1)

 いよいよ学力重視の指導要領がつくられ、相対的に特別活動の価値等は軽く見られるようになろうとしています。それとともに学校自己評価や外部評価が制度化され、公表が義務づけられることになります。こうした拘束によってしか「よい教育」を保障できなくなった国の制度を真似しようというのです。

 もちろん外部の人々の言葉に耳を貸すことは大切です。しかし信念をもって教育に当たること、そしてその信念をしっかりと理解してもらうこと、それもまた大切です。