主幹がやってくる

 先週の新聞にこんな記事が出ていました。

 学校教育法改正:大規模校に副校長 責任明確化図る

 文部科学省は13日、今国会に提出する学校教育法の改正案で、大規模校などを念頭に、新たな管理職として副校長や主幹を小中高校に新設する方針を固めた。同日の自民党教育再生特命委員会で素案を提示した。現在の教頭や教務主任より権限を強化し、校長の学校運営方針の徹底や責任の明確化を図るのが狙い。

 これだけだと教頭が副校長、教務主任が主幹と名を変えるだけで、何がどう変わるのか分かりません。「現在の教頭や教務主任より権限を強化し」と言ったって、そもそも学校長自身に人事権も予算獲得権もないわけですから、強化しようがないのです・・・と、普通はそんなふうに考えます。しかしここには素晴らしいアイデアがあるのです。

 「現在の教頭や教務主任より権限を強化し」というのは一般職の意見を聞かずにことを進める、という意味です。

 現在の学校の形は「鍋ぶた方式」といい、まったく平等な職員の真ん中に校長・教頭がちょこんと乗った感じになっています。これは様式だけの問題ではなく、学校運営においても「校内のすべてのことについてすべての職員が関与し、全員で話し合って校長が決済する」という形で表われます。職員会議がまさにそれです。

 全員がすべてのことについて話し合うわけですから大変な時間がかかりますが、全員が関与したことなので、一旦決まると後は実にスムースに的確に働くのがこのシステムの特徴です。

 しかし、(少なくとも副校長=主幹制度を先進的に取り入れている東京の様子を見ると)新しい制度は、これを許しません。

 例えば、避難訓練の原案は安全係の職員が原案を起草し、校長・副校長・主幹からなる学校運営委員会(というような名前の組織)が吟味討論し、必要に応じて変更を加え、全体に降ろします。

 極端な例を上げれば、修学旅行も旅行係が綿密な計画を立て、運営委員会が決済します。旅行係は3学年に所属していてもいなくてもかまいません。3学年に所属する職員はその計画をいかに遂行するか話し合いますが、旅行の内容については話し合うことはできないのです。

 学年会というのはどこの学校でも非常に独自性が高く、学校運営委員会の理念と対立します。したがって副校長=主幹制度の元では「学年会」は非常に警戒され、嫌われます。

 学年会は時間や場所を十分に確保されることはありませんし、職員室の机の並びですら、学年が近づかないよう周到に配慮されます。職員室は「校務係」「教務係」といったまとまりで机を並べるのです。

 これまでは教職員数20名なら20名で知恵を出し合って考えていたのを、わずか4人(校長・副校長・二人の主幹)で決めるので、運営委員会は大変です。決定権を全一般職から取り上げ自分の下に置く代償は「すべてについて責任を取る」ということですから、内容には細かく目を通し、起こりうる危機についてはすべて手立てを用意しておかなければなりません。しかも主幹は中学校では教科担任を、小学校では学級担任まで続けながら行なう職なので、多忙も半端ではなくなります。

 現在の教務主任手当てというのは、本当に人を馬鹿にしたような金額ですが、主幹職の場合は一般職より年額で25万円相当の手当がつきます。それなのに主幹職に就きたがる人があまり出てこないのは、「セブン・イレブン(7時出勤・11時退勤)」と言われるその多忙さのためと考えられています

 東京都では主幹を試験制度によって選んでいます。その競争率が現在1.1倍にしかなりません。しかもこの1.1倍は定員の1.1倍の受験者があったというのではなく、定員よりはるかに少ない応募者しかなかったのに、全員を合格させるわけには行かないので10%ほど落とした、という意味での1.1倍なのです。都では平成16年度から平成19年度までにすべての小中学校に主幹職を置く計画でしたが、結局埋めきらず、平成20年まで計画を延長しました。それでも、すべての学校に配備できるかどうかは分かりません。

 今国会に提出される学校教育法の改正案では、「大規模校などを念頭に」新たな管理職として副校長や主幹を小中高校に新設する、ということですから東京都とは方向が違うようにも思いますが、政府がやりたがっていること何かを知っておくことは大事でしょう。