「自分の番 いのちのバトン」

自分の番 いのちのバトン     相田みつを

   父と母で二人 父と母の両親で四人

   そのまた両親で八人  こうしてかぞえてゆくと

   十代前で千二十四人    二十代前では――?

   なんと100万人を越すんです

   過去無量の      いのちのバトンを受けついで

   いまここに      自分の番を生きている

   それが        あなたのいのちです

   それがわたしの    いのちです

 私は相田みつをが嫌いです。妙に説教くさいところが鼻につきます。

・・・と、それはさておき、

 自分の子が生まれた時、その3kgほどのサルみたいな生き物を抱えながら、やがてクシャクシャなその顔が白く張りをもった人間の顔になり、小さく縮こまった手足が美しく伸びることを考えてとても不思議でした。

 このサルが人間の言葉を語り、情感溢れる歌を歌い、やがて恋をし、結婚をし、そして今の私のように小さなサルみたいなかたまりを抱えて首をかしげる、そんなことが永遠に続く。その連鎖の一齣に、私やこの子ががいるということ、それを大切にしなければならないということを真剣に思いました。

 相田みつを仏教徒ですから過去から受け継いだ命だから大切にしようという考え方になります。しかしそのとき私が感じたのは、未来へ繋がる長い繋がりの一部なのだから絶対に大切にしなければならないという「責務」なのです。それは2番目の子の時にも改めて強く感じたことでした。

 先日、息子の学校からきたアンケートに「命の大切さを感じたのはどんな時ですか?」という項目があり、それを見たとき真っ先にこの思い出したのがこれで、さっそく文章にしました。

 アンケートは他に母親や祖母・祖父の欄もありました。学校がこれをどう料理するのか分かりませんが、何かすばらしい道徳の教材ができそうな気がしました。先生方も試してみたらいかがでしょう?