「お客さまと言えど許せん!」

 例えばジーパンを買うのに「アオキ」や「青山」に行く人はいません。ユニクロに行って「英国製の生地を使ってオーダーメイドでスーツを作りたい」と言ったらバカでしょう。

 世の中にはほぼ欲望に応じた数の店があって、これが欲しければあそこへ、あれが欲しければあちらへというように、かなりの量で多様化されています。それを選ぶのは顧客の責任であり、「青山」に行ってウェディング・ドレスがないと怒ってもしかたないのです。

「教育はサービス業」という言い方がされる昨今、それにもかかわらず学校はひとつです。欲望の数だけ多くの種類の学校があるわけではありません。かつての中国のように、どの洋品店に行っても人民服しか売っていない、そんな感じです。

 一方で「個性ある学校づくり」とい言い方がなされるものの、「教育の機会均等」とかで内容は指導要領に定められた純規格品。したがって個性と言っても「多少縫い方が丁寧になっています」とか、「襟が5mm高くなっています。よく見ないと分かりませんが・・・」といった程度のものです。

 かつて人々は黙ってこの「人民服」を着ていました。しかし「教育はサービス業」という考えが進んでからは、店(学校)は顧客が望む商品を出すのが当たり前だ、という意識が進みました。「ウチの子の好きな服を出すのが当たり前でしょ!」「なんでこんなもの着せにゃならんの?」

 こう言う顧客に「国家の方針で、人民服しか出せないのです」と言っても聞いてくれません。「子どもたちにはこの服が必要なのです」と言っても通用しません。個人の裁量で、可能な限り基準を捻じ曲げ、要望に答えていくしかないのです。それがどんなに似合わないものでも、たたまた絶対に着てはいけないようなものでも、お客様のいうことですから聞かなければならないのです・・・

と書きかけて、ふと思い出したことがあります。それは映画「千と千尋の神隠し」に出てきた湯婆婆の言葉です。

「お客様と言えど、許せん!!」

 顧客を育てる、というのは民間でもしばしば使われる言葉です。このこと、そろそろ本気で考える必要があります。