死を待つ人々の家

 昨日のK医師の講演会、いかがでしたか?

 終末医療の問題はここ10年余り、社会問題として大きくクローズアップされてきたものです。正式には「緩和ケア病棟を持つ病院」と呼ばれるホスピスも全国で100以上になり、近隣ではS病院のほかK病院がそれに当たります。

 欧米では辞世の言葉を「白鳥の歌Swan Song)と言います。「白鳥の死せるや、その声の麗し」というのが語源ですが、人はその死の間際をどう生きるかによって価値を計られる、そんなところがあるようです。昨日の講演でも、患者さんの死にまつわる話題になった後半は、やはり感動的でした。

 死はかつてかなり身近なものでした。つい20年ほど前の1980年代であっても、在宅で死亡する人は60%近くもあり、病院でなくなる方はその半分にも満たないものでした。しかし現在はそれが逆転しています。子どもたちが死を学ぶ必要はありませんが、マザーテレサの「死を待つ人々の家」などの学習を通して、少しずつ触れさせていくことも大切なのかもしれません。調べてみたらいかがでしょう。

 昨日の講演会では、それとは別にもうひとつ気になったことがあります。それは「勝ち組負け組なんてどうでもいいではないか」といった話題の中で、K医師が「私も中央の病院に残らなかったと言う意味で負け組です」といったお話をされたことです。なんとレベルの高い負け組であることか。

 私は学校の児童も自分の子も負け組にしたくないと本気で考えていますが、それは「人生に何の喜びも感じられず、不平不満の中に生きるような人間にしたくない」という意味で、その範囲では「負け組でもいいじゃないか」とは決して言えません。