「傷つくなあ…」

 近代教育だけでも140年あまり、戦後の民主教育から数えたって60年以上、その間大量の教員たちが研鑚に努め、各種の研修システムも充実し、研究会もおおいに繰り返され、それで教師の教育力が高まらないなんてことは絶対にありません。

 特に平成不況といわれたこの十数年間に教職についた人たちは、長い教員採用の歴史の中でももっとも優秀な人たちです。それに比べたら夏目漱石の『坊ちゃん』や『我輩は猫である』に出てくる教員なんて最低です。赤シャツもウラナリも、現代の学校では絶対にもちません。

 教師の教育力は高まったのに、それでも学校と子どもに関わる問題が頻発するのは、教師の能力向上を超えて、社会や子どもが難しくなったからです。つまり、教師の教育力は絶対的には高まったのに、相対的には低下してしまったのです。教師の教育力は、子どもが難しく,複雑になる速さに追いついていないのかもしれないのです。

 ところが一方、学校と教師に対する社会や保護者の要求は多様化し、高まる一方です。「学校のスリム化」「子どもを地域と家庭に帰そう」といったつい数年前のスローガンを、口にする人は今はほとんどいません。文明はつまるところ自分でやらなければならなかったことを、他人や機械、社会システムに代行してもらおうというものですから、文明人は皆依存的、つまり幼児化してしまうのです。彼らは、自分は苦労すべきでない、誰かがこれをやってくれるはずだし、うまくいかないのはその誰かが悪いからだ、そんなふうに考えます。マスコミもそれを後押しします。私たちはいつまでこんな理不尽に耐えていかなければならないのでしょう? 学校評価をまとめながら考えたことは、そういうことです。

 しかし、こんなことはもう10年も続かないでしょう。やがて限界がきて、根本的な見なおしが行われるはずです。たくさんの教師がバタバタと倒れ、多くが病院に入るようになって、初めて社会は目覚めるはずです・・・

 てなことにならないよう、先生方、お身体にはがお留意下さい。特に、25時、26時以降に帰宅されるアナタ、なんとか身体を休める工夫をしてください。

(昨夜の最終は26時30分でした。アア…)