「謝恩会ありがとうございました」

 昨日の謝恩会では楽しい時間を過ごさせていただきました。6年の先生方、ご苦労様でした。

 思い返せば一年前、「こんなんで大丈夫か?」と思った6年生(いつの年もそうですが)、よくここまで成長したものだと感心します。児童会を背負い、最上級生としての数々の仕事をこなしての一年間、やはり長い小学校生活の中でももっとも意味のある年だったのだなあと改めて思いました。そして久しく忘れていた「徂徠訓」を思い出しました。江戸中期の儒者荻生徂徠に寄る者です。

「徂徠訓」

一、 人の長所を始めより知らんと求むべからず。人を用いて初めて長所の現わるるものなり。

 (人の長所を始めから知ろうとしてはいけない。人を用いて始めて長所が現れるものである)

二、 人はその長所のみを取らば即ち可なり。短所を知るを要せず。

 (人はその長所のみをとればよい。短所を知る必要はない)

三、 己が好みに合う者のみを用うる勿れ。

  自分の好みに合う者だけを用いるな)

四、 小過をとがむる要なし。ただことを大切になさば可なり。

 (小さい過ちをとがめる必要はない。ただ仕事を大切にすればよいのだ)

五、 用うる上は、そのことを十分に委ぬべし。

 (人を用いる上はその仕事を十分に委せよ)

六、 上にある者、下にある者と才知を争うべからず。

 (上にある者は、下の者と才智を争ってはいけない)

七、 人材は必ず一癖あるものなり。器材なるが故なり。癖を捨てるべからず。

 (人材は必ず一癖あるものである。彼は特徴のある器であるからである。癖を捨ててはいけない)

八、 かくして、良く用うれば事に適し時に応ずる人物は必ずこれあり。

 (以上に着眼して、良く用いれば、事に適し、時に応じる程の人物は必ずいるものである)

 人材であったかどうかは今後をまたなければなりませんが、確かにひと癖もふた癖もある子が多かったような気がします。

 先ほど「よくここまで成長した」と書きましたが、それはそれぞれの子が十分によく伸びたという意味でであって、到達点が同じように高かったという意味ではありません。

「七合目まで登っていた子が一気に頂上まできたね」「五合目までのあの子、あっという間に八合目じゃないか」ということです。それはそれで偉大なことですが、登り口からすさまじい勢いで四合目まで引き上げてもらったあの子、やはり心配ですね。手を打つべきは2年生くらいまでだったかな? そんなふうにも思いました。