「土曜、『今、教育を考える』という会に行ってきました」

 パネルディスカッションのパネラーは育成会の会長さん、子どもに昔の遊びや昔話を伝えるNPOの方、今は飼育宿泊体験を中心とするNPO「○○塾」の塾長をやっておられるK.Y先生、そして前県PTA連合会理事の女性、以上4人です。

 前3者について言いますとK先生のキーワードが「待つ。どこまで待てるか!」に見られるように、子どもに手をかけるな、失敗経験をつませろ、転ばぬ先の杖ではダメだ、昔を取り戻せ、といったことが話題の中心です。しかし私は「待て」というメッセージは危険な言葉だという印象をもっています。

 理由のひとつはもちろん、不登校から引きこもりへと繋がったまま、もう20年以上も「エネルギーの溜まる」のを待っている親がいるという事実です。

 もうひとつは、「待て、手を出すな」というメッセージは、過干渉・過保護と言われた親が問題視された10年ほど前の時代の発明品で、いまや時代遅れではないか、少なくとも一部には通用しないのではないのか、という思いがあるからです。それは養育放棄(ネグレクト)・放任といった言葉でくくられるべき保護者の一群です。彼らに、この「待て、手を出すな」はどう聞こえるでしょう?

 パネラーの一人、前県P理事は、三人のお子さんのうちの真ん中のお嬢さんのお話をされました。

「今日、ここで話を聞いていかれた方が、娘に『お母さん、こんなこと言ってたよ』と言われたりすると困るのですが・・・」と前置きしてから、次のような話をされました。

「次女は赤ちゃんの時からアトピー性皮膚炎や喘息があって、主にお祖父ちゃんやお祖母ちゃんから『あなたは何もしなくていいから』といった扱いを受けて育った子です。だからとても難しい子なのです。いつもへその緒みたいにつけている携帯電話の使用料が8月には19800円にもなってしまい、業を煮やした私は5000円を越えると通話できないように契約を変えてしまいました。

 ですから今では毎月12日ごろになるとまったく使えなくなってしまうのです。で、それでどんなに困るかと思いましたら、朝、家を出る時に『今夜は9時15分の電車で帰るから迎えに来て』と言ってその通りにすればいいだけのことですから、案外それでやっていけるのですね。

 娘の通っている高校には標準服と言うものがありまして、もちろんおしゃれをしたければ私服で行けばいいのですが、娘は標準服を着て、しかもそれを着崩します。スカートを腰のところでまくり上げ(というのも、私が怒るので切る勇気まではないのです)、上も第二ボタンまで外すと胸がはだけてしまうのです。Tシャツを着ているから大丈夫と申すのですが、そういう問題ではないですよね。

 生足で、今でもコートも着ずに学校に通っています。それで毎朝けんかが絶えません。

 よく、子どもが生まれると、母親は自分の母親に対して「お母さん、ありがとう」という気持ちを持つと言われていますが、私は一度もそういう気持ちになったことがありません。ただ、この次女との闘争の中から、ある思いが浮かんできたのです。

 実は、次女は私にそっくりなのですね。そっくりだからこそ許せなかったり腹の立つことも多いのです。そう思ったとき、私の両親はよく私を見捨てないでくれたものだ、成人し、社会に出るまで、よく見守っていてくれたものだ、と心から感謝する気持ちが生まれてきました。

 自分が子どもの頃(父はじっくりと構えていてくれましたが)母はいろいろうるさく言う人でしたが、そのやり方は正しかった、私もまた父や母を真似、この次女を見放さず、見捨てず、しっかりと付き合いたいと思うようになっているのです」

 パネラーのほかのお三方は「待て、失敗をさせろ」と言いますが、この前県P理事の方は待ったりしません。子どもが携帯電話の使いすぎを反省したり、服装の乱れを恥じて直そうとするまで、子どもを信じてじっくり待つなどという馬鹿げたことはせず、積極的に関わり、何とかしようとすることが教育的に正しいことであり我が家の家風なのだと信じているのです。

 考えてみると育成会やNPOの「待て! いつまで待てるか」や「失敗からの出発」(育成会の方のキーワード)は、子どもを遊ばせたり合宿の場での話です。待った挙句に失敗しても、その被害はせいぜい「目指したものが完成しない」「焦げたカレーを食べなければならない」程度です。それなら「待て! いつまで待てるか」でいいでしょう。しかし携帯電話や服装の乱れの問題での指導の失敗は、それではすまないはずです。

「待つ」は重要です。しかし待ってはいけないことは、山ほどあります。