「読み聞かせの喜び」

 自分の子のついては、上の子が1歳の時から下の子が小学校の5年生になるまで13年間、毎晩続けました。前任校が「読書の学校」で毎日読書の時間があり、ここでも4年間、毎日読み聞かせをしていました。別に自由読書でもよかったのですが、本好きの子にとって10分間は短すぎ、本嫌いの子にとっては10分間でも長すぎます。そこで、ここは一番、担任のわがままな時間として、私の好きな本を読んだのです。本好きの子でも読み聞かせの経験は少ないですし、本嫌いの子に自由読書をさせても、ロクな本を読まないか読んだフリをしただけで終わってしまいます。

 そんなふうに続けてくると、いくつか分かって来ることがありますので、それを箇条書きにしてみます。

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 担任が読み聞かせた本は、次の週、クラスの誰かが必ず借りている。

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 読み聞かせにふさわしい本は、年齢相応よりやや低くなる(その年齢にふさわしい本は、耳からだけだと理解が困難な場合が多い)。

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 読み聞かせに最も向いている本は、もともと活字ではなく口承されてきたもの、つまり昔話の類であること。「日本の昔話」「韓国の昔話」「アラビアの昔話」といったものは実に伝わりやすい。

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 読み聞かせをしても、全員が本を好きになるわけではない。しかし全員の心に、何らかのよい影響を与えられると信じられること。

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 親子の読み聞かせは、本を間においた親子のコミュニケーションであること。極端に言えば、本が何であるかはまったく関係ない。読み聞かせに慣れた子は「親に読んでもらう」そのこと自体に心地よさを感じている。

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 読み聞かせの声が男声であるか女声であるかは、もしかしたら決定的な違いがあるのかもしれない。 

 とりあえず、以上です。