「教師の仕事」

 先日亡くなった大村はまさんの「教えるということ」の中に非常に印象的な寓話があります。大変有名な話なので御存知の方も多いと思いますが、改めて書いておきます。大村はまさんは師と仰ぐ人に「あなたは生徒に好かれていますか?」と問われ、「嫌われてはいません」と妙な答え方をした後でこの話を聞かされます。師は「好かれているだけの教師は、まだ二流三流だな」といった言い方をされます。(以下「教えるということ」より)

「ある時、仏様が道ばたに立っていらっしゃると、一人の男が荷物をいっぱい積んだ荷車を引いて通りかかった。ぬかるみがあって、車はそれにはまってしまい、男が懸命に引っ張っても抜け出せない。男は汗びっしょりになって苦しんでいる。仏様はしばらく男の様子を見ていらしたが、やがてちょっと指でその車を触れられた。すると車はすっとぬかるみから出て、男はからからと車を引いて去っていた」

 こういうのが本当の教師なんです。男は神様の力にあずかったことを永遠に知らない。自分が努力して、抜け出したのだという自信と喜びを持って、車を引いていったのです。

 もし仏様のおかげだと男が知ったら、ひざまずいて感謝したでしょう。それも喜びだとは思いますが、男が一人で生き抜いていく力にはならなかったでしょう。一人で生きていく自信、真の強さにはつながらなかったのではないかと思うのです。

 私たちが子どもを教え、そのおかげで力がついたとわかれば、子どもは感謝するでしょう。でも「おかげ」と思っているうちは、本当にその子の力になっているのではないのです。

 子どもが、自分の力でがんばってできたという自信から、生きる力をつけるように仕向けていくことが、教師の仕事なのだと思います。